大阪府熊取町のほぼ中央に位置する長池オアシス。長池・下池の2つのため池で構成され、下流の田畑に送るかんがい用水を貯めています。20年前、老朽化した設備などを改良しつつ遊歩道や水生植物なども整備され正式にオープン。今では、現役のため池でありながら府民の憩いのスポットでもあります。初夏からお盆にかけては、独自に栽培された蓮の美しい姿も。お盆のころまで蓮が見られるのは、人知れず苦労があったからにほかなりません。
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◆「全国ため池百選」に選出
多くの住宅や団地が建ち並ぶ一角。バス停から少し入ったところに、長池オアシスがありました。夏の青空の下、タチアオイも元気に咲いています。ん?「全国ため池100選」?名水百選は聞いたことがありますが、ため池にもこんな称号があったとは知りませんでした。聞くところによると、大阪府で百選に選定されたのはわずかに3つだけ。さらにいえば、全国で約21万もあるため池から選ばれた栄誉あるため池でもありました。
百選だけではありません。平成29年には大阪府みどりのまちづくり賞「花博記念協会長賞」を始め、花やまちづくりに関する数々の賞も受賞。本来なら農業用水の要・ため池という地味な存在であるにもかかわらず、まちづくりの観点からみても高い評価を受けています。
入口付近にある建屋は、長池オアシスセンター。ウッドデッキ風のアプローチには、この場所で手塩にかけて育てられ立派な姿を見せる蓮の写真がギャラリー風に展示されています。
急に視界が開けました。目の前に広がるのは、まさにオアシスと呼ぶにふさわしい真夏の水のある風景。もうひとつのため池・下池はこの位置からは見えませんが、すべてのため池を合わせると満水時には約64,000トン、25mプールにたとえると約256杯分のスケールを誇っているのだそうです。
池の真ん中には、ボードウォークがあずまやに向かってまっすぐ伸びています。「この場所でウエディングなんかのシーンがあれば、とってもいいと思うんです」と気さくに声をかけてくださったのは、ここを管理運営する長池オアシス管理会副会長の中島英子さん。管理会のメンバーとともに、長年この場所を修復・整備してきたリーダー的存在です。真夏だというのに、マスク着用はもちろん水に浸かってもいいように胴長を着用。ため池での作業は思っている以上に大変です。
◆かつては「ため池密度日本一」
山から海までの距離が比較的短く、長い川が少ない熊取町。このため、昔から保水能力に欠けていて田畑を維持するのが困難なため、多くのため池がつくられました。ため池そのものの歴史は古く、室町時代から存在していたともいわれています。
多い時で450ものため池があり、約100年前にはため池密度日本一を誇っていたほど。その後は、人口増加とともに大規模な宅地開発が進んだことでため池は少しずつ減少し、今では約150にとどまっています。
遊歩道の左右には、水生植物が多く密集しています。水生植物は、美観だけでなく茎や根などから養分を吸収して水質をよくしたり、いきものたちの住み処になったり。長池オアシスには水生植物の代表格ともいえる蓮がたくさん生育し、訪れる人の目を楽しませています。
◆長池オアシスと蓮
蓮のある水生植物ゾーンの水深は約50~60㎝。ほかの池の水深約4~5mに比べると比較的浅いのは、蓮の成育に適しているから。「蓮は水深が4m以上もあると、水中で花が咲いて腐ってしまうんです。なので、常に浅い水深が保てるよう土を入れるなどして、環境維持に努めています」と中島さん。この日も足まで水中に沈めて、泥だらけになりながら整備にあたっていました。力仕事を伴うので、この作業は女性だと大変です。「いいえ、来園する人が蓮を見てきれい~と言ってくださるのを聞くだけでうれしいんです。そのためにやってるようなものかも知れません(笑)」。
8年前にはザリガニの被害を受け、新しい芽が出なくなるなどの危機にさらされたことも。中島さん自身も当時は外来種などによる被害のことをよく知らなかったため、他府県の蓮の専門家にアドバイスを受け、水生植物ゾーンの修復に努めながら、ザリガニの駆除にも成功。「その数にびっくりしました。600匹くらい駆除しましたよ(笑)」。その甲斐あって、次の年から新しい芽が出るようになってひと安心。でも一度で終わらないのが駆除。駆除作業は毎年継続して行われています。
葉っぱの上に、手のひらの大きさにも満たない小さなアカミミガメがいました。まだ子どもなのでしょうか、見るからに微笑ましい光景ですが、「ご存知のようにアカミミガメは外来種であり、芽や若い茎を食べてしまうため蓮の葉がまっすぐ出ず蓮の成長に悪影響を及ぼすんです。なので、これもザリガニ同様駆除の対象です。小さいころはミドリガメとして子どもたちにも人気なんですがね」。飼育放棄というのでしょうか、池に放してしまう人が後を断ちません。これは余談ですが、多くのアカミミガメを毎年駆除していることに心を痛めた中島さん、世界遺産・高野山に供養に出かけていると聞いて驚きました。「やっぱり生きものですからね、いくら蓮のためとはいえ心が痛みます」。
蓮の維持管理は外来種駆除ありき。そんな中島さんたちの努力があったから、こんな美しい蓮がたくさん咲くようになりました。肥料をしっかり与えたり刈り込みをくまなく行ったり。色々苦労はあったと思いますが、その甲斐あって今や泉南エリアを代表する蓮のスポットにもなっています。
◆遊歩道で自然に癒される
長池・下池周囲の遊歩道をぐるりと1周歩くと約1㎞。お散歩コースとして地元の人たちにも人気があります。
羽休めをしているトンボ発見。このエリアには、トンボが10種類も生息。ほぼ毎日カメラを持ってやってくるという近所の男性は、「蓮ではなくトンボが目的なんです。ショウジョウやシオカラトンボ、ギンヤンマなどが生息していて、ブルーに輝く蝶トンボが特にきれいです。さっきもいたんですがね、もう少し粘ってみます」。トンボにとってもここは居心地がいいのでしょうか、特に警戒することもなくどこかへ飛んでいったと思ったら、また元の場所に戻って羽休め。そんな行動を繰り返すトンボをながめているだけでも暑さを忘れてしまいそうです。
ちょっとビビってしまいました(笑)。この場所は全面釣り禁止。それでも平気で釣り糸を垂れる人が多いそうです。ダメと言ってもやる。でもダメなものはダメ。新型コロナがいつまで経っても収束に向かわないのも、こんな自己中な人が増えたからにほかなりません。ルールは守りましょう。
蓮だけではなく、遊歩道には四季折々の花が咲いています。レモンカラーのひまわりもそのひとつ。こうした花たちが気持ちよく咲いているのも、管理会のメンバーによる手入れの賜物。もちろい花だけではありません。トイレの清掃整備やポイ捨てされたタバコやゴミ、犬の糞などを拾って美化を保つのも、メンバーの努力の結果にほかなりません。
ん?これは一体?熊取町のシンボルともいうべき標高312mの雨山が、カエルをかたどった木枠から覗けます。子どもたちが喜びそうな演出もそこかしこに。実は長池オアシスは、この雨山から流れる川から水を引いているのです。
下池をさらに進むと、ボードウォークや親水広場も。ところどころに休息のためのベンチがあったり、ついついここがため池であることを忘れそうになってしまいます。
◆くらしが豊かになりため池も減少
こんなところに額縁風景が。はるか向こうに見えるのは、広大な住宅地。こうして人々のくらしが豊かになっていった分、ため池も徐々に少なくなっていたのは皮肉な結果です。
かつてはこの場所もため池でしたが、現在では身近に農業が体験できるスペースとして泉州特産のさまざまな野菜が収穫されています。
まるでトレッキングコースのようなネイチャートレイル。このエリアだけは、ほかの遊歩道とは一線を画しています。自然の地形を生かした道が約160m。このあたりは木陰になっていて涼しい風が少し吹いてきて、周囲が住宅地で囲まれていることさえ忘れそうになってしまいます。
遊歩道をのんびり歩きながら、インスタ映えする写真にチャレンジ。ここはデートスポットとしても穴場かも知れません。
◆これからも蓮を守り続けていくために
池には舞妃蓮や漁山紅蓮、その両種の自然交配と考えられる長池妃蓮など、中島さんの長年の努力の成果があちこちでみられますが、「こんな赤い蓮は、私もよく知らないんです。突然変異でユニークな色が出る蓮が咲くのも、蓮を育てる楽しみのひとつです」と中島さん、かつての改修工事の後には約30種類の蓮を入れて成育に成功しました。
かつては自らが専門家に問い合わせて開拓してきた中島さんですが、そのキャリアが周知され今では多方面からの引き合いも多くなりました。素朴な疑問からスタートさせた蓮づくり。だからこそ、ここまでやってこられました。さらにいえば、管理会だけでなくご近所の約30人で組織された「オアシスメイツ」により、草引きや花壇の手入れなど長池オアシスの維持管理活動に努めていることも、大きな後押しとなっていることも確かです。
水生植物ゾーンとは別に、鉢植えされた蓮があるのも大きな特徴です。その種類は何と60種。ペリーズジャイアントや美中紅や愚白蓮など、ここでしか見られない珍しい品種の蓮も。「元はと言えば、池の蓮を保存していくために鉢上げしたのが最初なんです。そうすることで、いつまでも品種を絶やすことなくキープしておくことができます」。もちろん鉢だから、ザリカニやアカミミガメなどの天敵から脅かされることもありません。
池と違って、花を間近に見ることができる鉢植えの蓮。長池オアシスへ行けば珍しい蓮が間近でみられるらしいよと、蓮を楽しみにやってくる訪問客も多くなったそうです。
今は写真でしか見られない紅白で色分けされた珍しい蓮。「おそらく突然変異だと思うんですが、あまりにも縁起のよさそうな蓮なので、見学者のかたには“写メしてお守りにしてくださればいいことがあるしれ知れませんよ”とおすすめしているんです(笑)」。早速私たちスタッフも幸運にあやかろうと撮って帰りました。
今年夏に予定されていた「長池オアシスハスまつり」は、新型コロナの影響で中止になりましたが、11月に開催予定の「ため池ふれあいまつり」は何とか開催できれば、と願っています。
初夏から夏にかけて見ごろを楽しむイベントとは違って、実りの秋に感謝の気持ちを込めて行われる秋のイベント。秋に農作物が収穫できるのも、長いため池の歴史があってこそ。
豊かなくらしとため池。ため池文化の象徴ともいえる長池オアシス。さまざまな思いを馳せ、ため池に感謝をしながら蓮を愛でるべく訪ねてみてはいかがでしょうか。お盆まであと少し。丹精込めて育てられた蓮たちが、みなさんを待っています。