福井県若狭といえば海のある風景を連想しがちですが、実は昔から水資源が豊富だったことから「水の国」とも称されています。そんな中で、誰もが美味しいと認める名水が「瓜割(うりわり)の滝」。瓜が割れるほど冷たくて清いことで、この名がついたのだとか。環境省の「日本の名水百選」にも選ばれ、今や若狭の人たちにとってなくてはならない存在となりました。
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◆水道水も同じ水源から
福井県小浜市から東へ約10㎞。かつては鯖街道として人やモノが流通した国道313号の交差点には、こんな目印がありました。
さきほどの場所から歩いて5分ほどで到着。平日だというのに、駐車場には名水を求めてやってくるマイカーが後を断ちません。
ここが取水場。20ℓや40ℓのポリタンクを手に、計6つの蛇口から出る水を求めて人々が集まっています。すぐ近くにあるお店で購入できる300円のシールを個々のポリタンクに貼っておけば、あとはフリーパス。若狭人、何というやさしさなんでしょ(笑)
もう何年も前からこの水を飲料水として愛用しているという男性は、何と30㎞以上も離れた高浜町から月に1度は取水に訪れているそうです。よほどこの水がお気に入りなのだろうと思いきや、「いや、水道水も結構美味しいんですよ(笑)」。あらそうなんですか。聞くと、瓜割の名水も水道水もほとんど同じ山から湧き出た水だということ。もともとこのエリアは三方五湖に代表されるように、水資源が豊富にあるところ。瓜割の名水も、「水の国」を形成するファクターとなっています。
1日約4,500ℓが湧き出る瓜割の名水は、カルシウムとマグネシウムを多く含んだ硬度47.0mg /ℓの軟水。ミネラル成分のバランスがよく、のど越しもやさしいまろやかな味でした。
◆高野山真言宗ゆかりの地
お土産物や地元の特産野菜などを販売しているショップ「名水の里」。店内ではもちろんお持ち帰りできるボトル入りの瓜割の名水も販売中。
瓜割の滝を目指す前に立ち寄ったのが、若狭瓜割名水公園。 毎年6月下旬には1万株のアジサイが咲く花の名所でもあります。
池にはコイたちもゆうゆうと。エサをやりたい人はショップ「名水の里」でどうぞ。
日本庭園風のシチュエーション。こんな水のある風景でのんびりするのも悪くありませんね。。
このエリアは高野山真言宗・天徳寺の境内でもあります。天徳寺は今から約1300年も前に開かれた寺で、毎年7月には水の恵みに感謝する意味を込めて護摩だき法要が行われるほど。ということは、奈良時代からすでに瓜割の滝が人々に知られていたのかも知れません。
◆まるで天然アクアテラリウム
瓜割の滝へつながる参道入口。そうでなくても霊験あらたかな雰囲気が伝わってくる独特の空気感。まるで霊場へ足を踏み入れるような、厳粛ささえ漂っています。
なだらかな坂道を一歩一歩踏みしめながら、滝への期待感は徐々に高まってきます。
瓜割の滝の命名由来が刻み込まれた石碑も。
この先ずっと山道が続くのかと思いきや、意外とあっさり現着。うっそうとした木陰が広がり、水の流れ落ちるクールなウォーターサウンドがあちこちから聞こえてきます。
これがほぼ全景。滝と呼ぶには落差もさほどなく、いくつもの川が合わさった感じです。とはいえ、水が途絶え枯渇することはありません。たとえひとつの小さな滝や川でも、いくつもの水筋が寄り添うことで、若狭の人々のくらしにしっかりと根付いてきました。
石段を流れ落ちる水。川と呼ぶべきなのでしょうか、かつてはここもお寺の参道の一部だったのでしょう。
手を伸ばして水に直接ふれてみました。思わず出た言葉は「冷たっ!」ではなく「痛っ!」。まるで身を切られるような冷たさです。
飛沫がほとばしり、コケが育ち、空気が凛とした水のある風景。非日常的なシーンがここにあります。まるで、自然が織りなす圧巻のアクアテラリウムのよう。
◆数少ないベニマダラの生息地
さっきから気になっていたことがひとつ。勢いよく上がる水しぶきの一方で、ところどころに赤褐色の岩肌が見えます。そういう色の石のせい?それともほかに要因が?
調べてみたところ、これはベニマダラといわれる赤い色をした海藻で、れっきとした水生生物なのだそう。とはいえ、ここは海水ではなく淡水というフィールド。一体なぜこんなものがあるのでしょうか。
実は、ベニマダラには海水で育つ種類と淡水で育つ種類のものがあり、ここ瓜割の滝周辺で見られるのは淡水産種のベニマダラだそうです。そしてベニマダラが生息するには、いくつかの条件が重なる必要があります。たとえば、水温が11~12℃であることや、豊富な湧き水が流れて決して枯れないこと。さらには、暗くて200~400ルクス、明るくても800~1100ルクスないしは13000ルクスであること、などなど。
幸いにも瓜割の滝周辺にはスギやスダジイ、モチノキなどの樹木が茂って独自の木洩れ日環境をつくり出していることなども、ベニマダラが生息しやすい要因のひとつだといわれています。
意識してよく観察してみると、こんなところまで赤く染まり、ここにもベニマダラが生息していることがわかります。水がきれいだけでは生育しないベニマダラ。逆にいうと、ベニマダラが生息しているところは場所は清らかで美味しい水が豊富に流れている証しでもあります。
このほか天徳寺境内には、大きく成長したヒノキゴケやシノブゴケなどふわふわのじゅうたんのごとく生息。歩くにはもったいないくらいのボリュームのコケリウムとの遭遇。あまりにもマニアックなシーンではありますが、素直に感動してしまいました(笑)
◆ブランド米を生み出す土壌
滝から少し外れたところには、四国八十八カ所にちなんだ八十八体の石仏が並んでいます。これらは、かつて弘法大師が佐渡の石工につくらせたものだといわれています。
しかもこの付近には、四国八十八カ所の霊場から採取した土があることから、四国八十八カ所へお参りしたのと同じご利益があるといわれています。滝ウォッチングのあとはぜひお立ち寄りを。
地元福井県が生んだ文豪・水上 勉もこの地を訪れ、小説の舞台にもなりました。
山から湧き出た豊富な水は、天徳寺川を経由してやがて若狭湾に流れていきます。
このほか、水を活用したミニ発電などの取り組みも行われていて、単に飲料水としてだけでなく地元にさまざまな恩恵をもたらしています。
また、このあたりは昔からこしひかりが有名ですが、2年前から品種改良された「いちほまれ」が新しい地元のブランド米として注目を集めているのだそうです。そんなブランド米が生まれたのも、良質な水があってこそ。
昭和60年に「日本の名水百選」に選出され、さらに平成8年には水を活かしたまちづくりに優れた成果を挙げている地域として「水の郷百選」も認定。かつては若狭と近江・京をつなぐ要衝だった鯖街道。歴史やくらしが変わっても、変わらぬ水がここにあります。これまでも。そしてこれからも。