この秋、大阪市内で開催された小原流の生け花展で、ひときわ目を引いた作品がありました。
花材のすべてがなんと、食虫植物。
そう、1度虫を捕まえたら2度と離さない、植物界のスナイパー(笑)。
テラリウムやパルダリウムなどに使用されるケースは珍しくありませんが、まさか生け花に食虫植物とは。
作品を手がけたのは、八尾市在住の南 あこさん。
食虫植物が好きすぎて、つい最近自宅に温室まで建ててしまったそうで、これまた驚きでした。
屈託のない笑顔は若さゆえの女子力の表れなのか、それともしたたかさを秘めた別の顔があるのかどうか(笑)
その素顔に迫ってみることにしました。
◆会場でひときわ目を引いた「食虫植物生け花」
10月某日、大阪市内。小原流大阪支部地区花展の会場で、ひときわ異彩を放っていた作品がありました。花材は、何と食虫植物。しかも部分的ではなく、オール食虫植物。図鑑や植物園などで一度は目にしたことのある、ユニークなかたちや色をした食虫植物が生け花とは、これはビックリでした。
ネペンテス マスターシアナ プルプレア、ネペンテス ペルタタ、サラセニア レウコフィラ ビッグなど、計5種類。ちなみに、会場ではすでに数匹のハエが餌食になってしまったのだとか(笑)。
会場でやはり注目度ナンバーワン。明らかに左側の生け花とは作風が異なります。生け花らしからぬテイストに、足を止める来場者は少なくありませんでした。ちょっと不思議そうに見入っておられるような気がしないでも(笑)
そんな作品の前で、楽しそうに記念撮影に興じる2人の女性。そうなんです、右側の女性こそ、食虫植物の作品をつくったあこさんだったのです。ちなみに、スマホで写真を撮っておられるのはお母様の南佳子さん。お母様自身も小原流生け花の先生だったのです。
お母様と違って、生け花にはまったく興味がなかったあこさん。逆に、お母様も食虫植物なんぞ無関心。「どちからというと母は、バラのような可愛い花が好きみたいなんです」(あこさん)って、いやいや普通はそーですよー(笑)。
ところが7年前のある日、玄関に置かれていたお母様の作品に、衝撃を受けました。。バラとともに花材に使われていた石化柳という植物が、あこさんがこれまで抱いていた食虫植物のイメージとドンピシャだったからです。主役であるバラには目もくれず(笑)。「何!?このカッコイイ植物!生け花にこんな花を使うなら私も生け花やるっ!」と即決。皮肉なことに、食虫植物と生け花がつながった瞬間でした。この子は生け花とは縁がないかも、とずっと思っていたお母様、さぞかし複雑だったでしょう(笑)
来場者と気軽に話すあこさん。若手ながら、小原流の二級家元脇教授でもあります。そしてお母様曰く、「小原流は、様式美も大切にしていますが、伝統や格式にとらわれない比較的自由な発想の作風も特徴のひとつなんです」。ああなるほど、そういうことでしたか。それにしても、家元がよくうんといったものです。いやはや、母娘とも小原流でよかったよかった(笑)
作品に驚いたのは、来場者だけではありませんでした。花材を提供している知り合いの花屋さんまでビックリしたそうです。「どこへ行ったらこんな花が買えるんですか?」ってオイオイ、アータ花屋さんだし(笑)。それもそのはず、花材はすべてあこさんの“自家製”だから無理もありません。
趣味のまったく違う母娘が、同じ土俵の上に。ある意味異種格闘技(笑)。「あなたと肩を並べて生け花をする日がくるとは思わなかったねと、よく母に言われるんです(笑)」。まったく同感(笑)。しかもつい最近、食虫植物が好きすぎて、「温室まで建ててしまったんです!」。マジで!?それならぜひ!というわけで、後日あこさんのご自宅にお邪魔することになった次第です。うーむ、この子一体何者(笑)?
◆閉店セールで手に入れたウツボカズラをきっかけに
――お母様が生けた石化柳をみて、寝てる子を起こされたわけですね(笑)?
「そうなんです(笑)。小さかったころ、祖父がくれた植物図鑑が食虫植物との最初の出会いだったんです。ほかの植物とはまったく違う色やかたちなど、何もかも衝撃的でした」
――図鑑にはほかに可愛い花がいっぱいあったでしょうに(笑)
「ほかにはまったく興味がありませんでした(笑)。お澄まししてきれいに咲いている花より、見た目の奇をてらう容姿やしたたかさに惹かれてしまったんです。女の子だから、と目論んでいた祖父のアテは外れたことになりますね(笑)」
――だからお母様も、この子には生け花は向いてない、と(笑)
「植物なのに、生態系ピラミッドの下克上なんてのもカッコよすぎません(笑)? ただ若いころは、イメージだけが先行してしまっていた感があります。どれもこれも熱帯ジャングルの奥地に思いをはせて妄想を繰り返してばかりで(笑)。年ごろになってくると、さらに現実の壁にぶち当たることも多くなり、四季のある日本での育成は無理かも知れないと諦めかけていたんです」
--もしお母様が石化柳を花材に使用していなかったら、今も眠ったままだったかも知れない(笑)
「そうですよね~(笑)。まさに青天の霹靂だったかも知れません。そのおかげで、食虫植物をちゃんと知るようになったのもよかったと思います。一生涯、妄想に終わらずに済んでよかったです(笑)」
――たいていの人は、食虫植物って虫を食べて生きてるものだと思ってますよね?
「それって“初心者あるある”です(笑)。私もそう思っていた時がありました。虫を食べさせないといけない植物なんて無理!もし消化液がかかったら私が危ないやん!なんてマジで思いましたから(笑)。元はといえば、土壌が栄養が少なかったことから虫を食べることに進化した植物なのですが、今ではごく普通の植物と同じように栽培できます」
――といわれても、食虫植物の種類がどのくらいあるのかわかりません(笑)
「実は500種類以上もあるんです。代表的なものといえば、落とし穴をつくるタイプ(ウツボカズラ、サラセニア)、ネバネバした粘液でつかまえるタイプ(モウセンゴケ、ムシトリスミレ)、葉で挟み込むタイプ(ハエトリソウ、ムジナモ)、水中で袋の中に虫を吸い込むタイプ(ノタヌキモ)といったあたりでしょうか」
――実際に食虫植物と出会ったのは生け花をしようと決心したあのころ?
「ほぼ同じ時期に、とある広報誌に食虫植物の特集があったんです。これを目にしたとたん、いても立ってもいられなくなってしまいました。咲くやこの花館(大阪市)では、実際の食虫植物に遭遇できたり、自分の想像とはかけ離れていた生態を知ったりで、それはもうアドレナリン放出しまくりでした(笑)。これなら私にも育てられるかもと思い、何十軒も回った挙げ句とある園芸店でやっと出会い、ウツボカズラの大株など計10鉢を購入できたんです。しかも5,000円とめっちゃ安く。よく聞いたら、そのお店はその日が閉店日だったという(笑)」
なるほど、お母様の石化柳に衝撃を受けたのとほぼ同時期のダブルパンチだったわけです(笑)。思い立ったが吉日。動き出したらもうこっちのもの(笑)。あこがれの食虫植物に囲まれた生活は、まさに幸せの絶頂でした。「毎日一緒にいると、寒がっているのかなとか、日照不足かなとか、水が多すぎかなとか、色々感じるんです」。すごいなー、食虫植物のキモチまでわかるとは(笑)。ネットを通じて同じ趣味を持つ者同士との情報交換も始まりました。食虫植物探索会に出会い、集会にも積極的に参加するようになりました。わずか7年の間ではありましたが、食虫植物に対する思いが強すぎて、ついに次のミッションが待っていたとは、神様でも知らなかったに違いありません(笑)
◆自宅に完成した専用温室「アコハウス」
“温室つくりたい!”。キターーー(笑)!これまで、自宅の庭や屋内などで育ててきたものが、ついに100鉢超え。「増えすぎた鉢、水の管理、日照不足を考えるとやっぱり大きい温室がいい!」と、一気に専用の食虫温室をつくってしまいました。こんなに愛される食虫植物に、ちょっと嫉妬(笑)。それでは、ご自慢のエコハウスならぬ“アコハウス”にご案内いたしましょう♪
かわいい三角屋根の温室には、あこさんお気に入りの食虫植物がズラリと。室温・湿度とも、最適な環境に保たれています。土台もしっかりしていて、日照条件もバッチリ。なお、右側にみえるのは、7年前につくった食虫植物温室、そして現多肉植物専用の温室です。ぐはーっ、前からもあったんや~笑)!
ちゃんと空気だって攪拌されています。湿度はおおよそ80%。「しばらくこの中にいるだけで潤いが保たれて、お肌がプルップルになりますよ~(笑)」
生け花展の時から思っていた、人には言いにくい素朴な感想。“洋式便器に似てる”(笑)。ところがそれは、あながち間違いではありませんでした。ネペンテスの同じ仲間には、もっと酷似しているネペンテス ジャンバンというのがあり、学名そのものがずばり「便器」なのだそう。ちなみに、ネペンテス ローウィ(「尿瓶」の意)というのもあるそうな。ちょっとホッ。あーでも食事中のかた、ごめんなさい(笑)。
ホームページ開設を機に、市販することが決まったオリジナル食虫植物Tシャツ。下絵をつくったのはもちろんあこ画伯。Tシャツひとつにも、熱い思いが込められています。個人的にはお母様の感想もちょっと聞きたい気が(笑)
実はイヤリングなどのグッズなんかも開発中。細部まで精巧な樹脂やプラバンでつくられた食虫植物の小物。女性らしいセンスがうかがえます。こういう発想、男子には絶対ありませんから(笑)!
◆テラリウムや水槽にも使える食虫植物
お待たせしました。それでは食虫温室の中へバーチャル体験といきましょう。園芸店などで購入したものや、同じ愛好家同士で交換したもの、挿し木などで増やしたり実生からのものなど、育ちかたはそれぞれです。
ムジナモ。わずか1㎝たらず。冬芽の状態。このまま越冬するそうです。浮遊性の水草で、葉がハエトリグサと同じような捕虫器官になっていて、動物プランクトンを捕食。春になると細い茎を中心にして葉が風車の用に輪生。その姿が、ムジナの尾を連想させることからムジナモと名付けられたそうです。
ウトリクラリア ディコトマ。オーストラリアやニュージーランドの湿地に生息。細い茎花を伸ばし紫色の花を咲かせます。環境が整っていれば比較的よく増え、花も楽しめるため園芸店でも見かけることがあります。
温室の入口付近にいるのがコレ。ネペンテス エトセトラ ドイ。今や食虫植物のカリスマといわれている兵庫県立フラワーセンター技師・土居寛文さんがブリードされた貴重なネペンテスです。「ウツボカズラがもし壺湯だったら、ゆっくり温まって癒されるだろうな~」とあこさん。「こんなことを妄想する私は変人でしょうか(笑)」。はい、太鼓判押します(笑)
捕虫器官が葉から派生しているのがよくわかるネペンテスの交配種。葉の延長上にきちんと捕虫袋ができているのがわかります。
ネペンテス ペルビレイ×カーシアナ。あこさんの温室のほかは数カ所(兵庫県立フラワーセンター、リベラルファーム、あこさんのお友達)にしかない、土居技師交配のプレミアムな品種だそう。
ネペンテス アンプラリア シンガポールジャイアント。小さいながらたくさんの捕虫袋をつけています。
アクアリウムとして水槽でも飼育可能なノタヌキモ(アンコールワット)。ミジンコなどを捕らえられる捕虫嚢を持った浮き草です。アヌビアスナナ、レッドラムズホーンとアカヒレが同居していました。
こちらはお友達からもらったという新潟が産地のノタヌキモ。同じノタヌキモでも産地が違うので別々に育てられています。
日本固有種のフサタヌキモ。食虫植物としての人気も高い。浮き草としてアクアリウムにも利用できます。
ヘリアンフォラ パルバ。あこさんのお気に入りです。「もし筒の中に入れるものなら、ここからギアナ高地の夜空を眺めたいなあ」。食虫植物を舞台にした、あこさんにしか演じることのできない妄想劇場。もう誰も止められません(笑)
ドロセラ プロリフェラ。湿地に生息するモウセンゴケの仲間。学名のDroseraはギリシャ語で“露”という意味。その名の通り、葉の縁や表面の粘膜の滴が水滴のように美しいのですが、ここに虫が付着すると一貫の終わり。
ピンギキュラ。湿原や湿り気がある岩地や地面などに生息する。虫が好きな臭いを出して虫を誘うため、安易に栽培すると逆に虫が増えて困ることもあるそう。まあそれが食虫植物なんですけどね。ちなみに、スミレに似た花が咲くため日本ではムシトリスミレといわれています。
ウォーターローン(ウトリクラリア グラミニフォリア)。これは水草水槽でもおなじみですね。水中での育成が可能なため、草原に見立てて水草水槽を構成するアクアリストも少なくありません。
挿し木されたネペンテス。植物を切り戻したり、処分するのがもったいなかったり、貴重な品種があったり、勝手に増えてしまったり。まざまな理由で園芸店のように苗が並ぶ温室内。ネペンテス類は挿し木で、セファロタスやヘリアンフォラは葉挿しで、ウトリクラリア類は増やすつもりがないのに、自然に増えているそうです。
アガベ(リュウゼツラン)。多肉温室の一番のお気に入りはコレ。小型のアガベには白いヒゲ(フィラメントというそう)がいっぱいで可愛い♪
◆実録!あこの温室事件ファイル
そんなあこさんにも、失敗はあります。過去に起きた“重大事件”をご紹介しましょう、自責の念も込めて(笑)
【その1/棚劣化事件】
確か3年目。プラスチックの植物用ワーディアン棚をずっと使っていたら、毎日の日照で劣化していたらしく、野良猫が飛び乗り大崩壊。苗は転がるわ、土はこぼれるわ、芽は折れるわ。腰水で飼っていたメダカもピチピチ瀕死の状態だったという大惨事であった。
【その2/シリコンシーラント事件】
機密性を高めたほうが湿度不足に陥らないよね!ライトも湿度が高いところに置いてたら危険よね!と自身を言い聞かせて、温室の隙間をシリコンシーラントで埋めることに。ところがおっとどっこい、シリコンシーラントの揮発性物質による無差別攻撃!案の定、食虫植物に大ダメージ。皮肉にもその機密性が実証され、7割の植物を失う。ほとんどの株が葉の周囲部分から徐々に黒くなっていくあの恐怖は、生涯忘れることはできない。
いやはや、大変な事件の連続でした。やはり日照と湿気の調整に一番気を使う食虫植物。「もう2度とあんな目に遭いたくありません」。
◆2017年は夢が叶った記念すべき年
いやはや、素晴らしい食虫温室でした。まさか温室まで建ててしまうとは。これからは、自家製の食虫植物がどんどん増えていくことでしょう。「単に栽培するだけではなく、花を咲かせたり、これまでになかった種を生み出し愛でる。ベタやメダカなどのブリーダーさんと通じるものがあると思います」。ネット通販も計画中だそうで、近い将来みなさんの手元にも“メイド・イン・アコ”の食虫植物をお届けできるかも知れません。
でも一番肝心なのは、間違った情報に振り回されないこと。「ホームセンターなどで比較的簡単に手に入る品種もあるんですが、あまり知識のない人が食虫植物を扱っているケースが多いので要注意です。また促進剤に依存しすぎて、成長は早いものの買ってからダメになるケースもあったりします」。趣味としては、まだまだ発展途上にある食虫植物。そういう点では、信頼のおける会や団体と仲良くなっておくのも方法かも知れません。ちなみに、あこさん自身が信頼を寄せているところがいくつかあり、最後に列記していますのでご参考までに。
食虫植物を本格的に扱うようになって、7年。最近では、テレビなどメディアで紹介することも多くなりました。まあ可愛いしね(笑)。「もし母が生け花に石化柳を使っていなかったら」「もし広報誌に特集記事がなかったら」「もし閉店間際の店に飛び込んでいなかったら」「もし愛好家の一人がブログに書き込みをしてくれてなかったら」。もしも、これらの出会いがなかったら今のあこさんはなかったかも知れません。
2017年もそろそろエンディング。初めての食虫植物生け花、食虫温室の新設、そして自らのホームページ開設。ここ数年、あこさんが口にしていた夢が叶った年でもありました。「今を取り巻く環境、そしてすべての出会いに感謝です」。あこさんと知り合えて、「キワメテ!水族館」もよかったです!
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