関西における金魚イベントの一年の締めくくりといえば、やっぱり金魚競り市。毎年6月と12月の第1日曜日に開催され、まるで魚河岸のような力のある競り師の掛け声が、昭和のよき時代を感じさせる懐かしい風景に溶け込んでいます。そんな奈良県の冬の風物詩ともいうべき競り市には、一体どんな人たちがやってくるのでしょうか。マニアや熟練者だけのイベント?競りに参加するのは敷居が高い?高値落札続出でついていけない?いやいやいや、ぜーんぜん(笑)。とにかく行ってみればわかります。とはいえ、今年の競り市はすべて終了。来年ぜひ行ってみたいと思っているみなさんに代わって、現場をリポートしてきました。
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◆売ったり買ったりエトセトラ
12月最初の日曜日。朝はいつになく冷えこんだものの、競り市の会場・やまと錦魚園に着くと気温も上昇。日中はポカポカと暖かい競り市日和となりました。それにしても、先月開催された「金魚フェス」の過去3回といい今回の競り市といい、毎回よすぎるくらいの天気に恵まれているのは、日頃の行いがいいから?誰の(笑)?
洗面器がズラリと並んだ競り市会場。朝と比べて気温がぐんぐん上昇し、入札を待つ金魚たちにとっても、この小春日和はきっとありがたかったに違いありません。
入札は、あくまで洗面器1個(ここではみなさん「1桶」と呼称)が対象。なので、1桶に1匹いても10匹いても入札単位は同じ。小ぶりなサイズの個体だったら10匹くらい1桶にいるので、みんなでシェアするのもいいかも知れません。
入札に参加する費用は、1日500円ポッキリ。今回の購入希望者は125人。「今回は見るだけ(笑)。どんな個体が出ているのか、この目で確かめたくて。段取りがわかれば、来年は入札に参加するかも知れません」と話すのは、見学オンリーの男性。見学だけなら無料なので、通りがかった観光客の姿も見受けられました。
ざっと見たところ、らんちゅうやオランダ、東錦、ナンキンといったところが多い気がします。珍しい品種としては、藤六鱗、鳳凰オランダ、ブリストル朱文金なども出品されていました。
競りが始まるまでの間、入札希望者はすべての洗面器を物色&下見。そして財布と相談。あとは競りが始まるのを待つのみです。「いいのがあればね」「物色?してないしてない(笑)」なーんて口では言ってますが、内心はメラメラ(笑)。すでに目をつけている個体があるに違いありません。お目当ての個体に競合でもいたら、財布どころか札束用意しなきゃ(笑)。
「向こうにあった個体な、1匹で2万も値がついてたで」「へー、そんなに高く?ワシも見てこよう」なんて会話があちこちから聞こえてきます。要は競り市。いわばオークション。欲しい個体が目に止まれば多少値が張っても落札したいと思うでしょうし、今自分に必要がない個体だったら見向きもしないのが競り市。それぞれの価値観が違うところで駆け引きが行われるのも面白いところです。
かたや出品者はというと、個人のブリーザーさんを中心に、地元の養魚場などからもエントリー。なので、掘り出し物を求めて競り市に参加する人も少なくなく、宝探し気分で楽しむのも一興です。
今回初めて参加した前田通さんは、名古屋から来阪。8桶で25~26匹を出品。「競り市があるということを、今まで知らなかったんです。素人であろうが業者であろうが、垣根なしで金魚を売り買いできるなんて、いいイベントです。全国にもっと知れ渡れば、ファンも増えるのになあ」と絶賛。静岡や愛知では、らんちゅうのみを対象にした愛好会主催のイベントがありますが、多品種を扱っているのはここだけ。ここ、大事ですから(笑)
前田さんはふじ六りん(ふじろくりん/「藤六鱗」と表記する場合も)という品種を出品。初めて耳にする品種で、普段からあまりお目にかからない希少な個体です。前田さん自身、ふじ六リンの魅力にとりつかれて師匠と仰ぐ先輩から飼育方法を授かり、この機会にみんなに見てもらおうと出品に至りました。まさしく「掘り出し物」。刑事が足で犯人を追うように、みなさんもぜひ足で掘り出し物をゲットしてください(笑)
◆競り師はこの人でないと無理!
競り師はというと、当然やまと錦魚園の嶋田輝也さん。泣く子も黙る嶋田親分(笑)。この人なしで金魚は語れない、金魚界のレジェンドでもあります。競り市も後半にさしかかったころ、競りの合間に親分がいきなり投げてきました。「倒れたんやて?」。ほえ?いきなり何を言い出すのやら(笑)。あまりにも突然すぎたのでひるんでいると、「脳梗塞で」。しばらくして、やっと事態が飲み込めました。去年の夏、急病に瀕したことを思い出してくれたらしいのです。「あのー、脳梗塞じゃなく心筋梗塞でね」と返答。すかさず「それって去年の話ですやん!」と返すも、すでに親分の姿はそこにはありませんでした(笑)。とまあ、相変わらず噛み合っているのかいないのかわからない宇宙人的会話ができるのも、嶋田さんらしさといえるでしょう。
出品者はざっと60人。といっても、1人何匹も出品しているので競りは60回というわけではありません。全部合わせると相当な数になるはずですが、それでも1桶ずつ競りが進められていきます。実に根気のいる作業。競り師の集中力が途切れたら終わりですから。疲れた顔を見せることもなく一日中競り師を務める嶋田さん、マジで尊敬してしまいます。
競りは基本3,000円から。「3,000円!3,000円!3,000円!」。嶋田さんのキレのいい掛け声で競りがスタート。そして入札購入希望者は「4,000円!」「5,000円!」と、自分の番号が書かれた木製のしゃもじでアピール。取材とはいえ、10個ちょいの洗面器を男たちが取り囲んでしまうので、一度競りが始まったら輪の中に入るのはもう至難の業(笑)
落札された個体は、やまと錦魚園のスタッフが手際よく袋詰めして落札者に手渡し。いやあ、このサポート作業も結構大変。腰も痛いだろうし水も冷たかろう(笑)
お目当ての個体をゲットできた落札者の手には、テイクアウト用のビニール袋が。縁あって落札された個体たち、この先元気にくらしていくんだよ~。
あらまあ、敷地内の池には、落札された個体の入ったビニール袋がどっさり。今日1日で、一体どれほどの札束が乱れ飛んだのでしょうか(笑)。聞くと、常連さんとか。きた時には空っぽの軽トラが、帰りには満杯になるそうです。それにしても、どんな豪邸の環境で飼っておられるのか、とっても気になりました(笑)
尼崎からお越しの荒内輝義さんは、アクリル水槽10本で60~70匹の個体を自宅で部屋飼い。アカメやオヤニラミなどの川魚もいるとのことですが、「ブリードはまったくしていないんです」。なるほど、飼育イコール繁殖と思いがちですが飼育のみを楽しんでいるユーザーもいて当然ですよね。
競り市の参加はこれが3回目。いつもは知り合いのところで購入しているそうですが、この日は競り市へもぜひという誘いがあって参加。変わり朱文金ばかり計15匹を計2万円で落札しました(写真は荒内さん提供)。「楽しかったです。ちょっと競ってしまって、予算オーバーになってしまいましたが(笑)」。それならさっさと見切りつけられた(笑)?いやいや、きっとそんなものじゃないでしょう。競り中はヒートアップしていますし、買ってプレッシャーを感じるより、買わなかった後悔のほうがきっと大きいでしょうから。
◆秒読み段階に入った「キワメテ!養魚場」開設
おお、この看板は。今回はシェフのお弁当がありますよ~と事前に聞いていたのがこれですね。もしかして、会場でランチが食べられるのはこれが初めてかも。
シェフの池田領助さんとヘルプスタッフの中野雅美さん。池田さんは現在ケータリングを主に展開している、出張料理人。「ご用命があればどちらへでも伺いますよ!」。奈良県広陵町の知人のお店でもイタリアンのシェフとして活躍中。イタリアンシェフまで競り市に呼んでしまうとは、やまと錦魚園さんブレーン多いね(笑)
今日のランチは、まずは特製かやくごはん。男子たるもの、腹が減っては戦ができません(笑)。いい香りを漂わせていたのは、数種類のハーブと白ワインに漬け込んだ鶏モモ肉をチーズ衣で仕上げた鶏のから揚げ。そして寒い日にはありがたいほくほく具だくさんの豚汁でした。いやあ、どれも美味しかった!というかイベントの取材でちゃんとした時間にランチが食べられるなんて初めてかも(笑)。ごちそうさまでした!
金魚仲間同士が、ついつい仲良くなってしまうのも競り市の特徴。ここにいれば単に個体を買ったり売ったりするだけでなく、金魚に関する情報交換もできます。奈良市の吉見正洋さん(写真左)と京都市の安樂東洋一さん(写真右)は、「今日ここで知り合って初めて話しました!」。「キワメテ!水族館さんに取材されるなんて、めっちゃうれしいです~」(吉見さん)ってホンマかいな(笑)
ピーク時には300匹を所有していたという吉見さん。自宅敷地内に3.5トンのプラ船を置き、ピンポンパールや琉金、穂竜などを現在も飼育中。今回は計30匹を12桶出品し完売。特に琉金が6,500円で売れたそうで(写真は吉見さん提供)、「金魚を飼育できるように家を買ったんですよ!」ってマジ(笑)?将来は、人里離れた柳生の地に金魚専門の養魚場をつくりたいと、かの剣豪・柳生十兵衛もビビッてしまいそうなライフプランをお持ちでした。「キワメテ!養魚場」という屋号で決まり(笑)
一方の安樂さんは自宅マンションで外飼いと部屋飼いの二刀流。普段から競り用とそうでない個体を分けて飼育しているのだそうで、この日出品した7桶はすべて落札。かつては職場の先輩から「らんちゅうを飼育してみないかと誘われましたが、可愛らしいピンポンパールのほうに目が行ってしまって(笑)」。以来、ピンポンパール愛を貫いています。
見るからに、金魚マニア!というキャラではない出品者もいました(笑)。色白でスリムでシュッとしていて。刑事ドラマにでも出てきそうな硬派俳優的キャラの野浪浩さん(三重県)。ジャンボオランダや日本オランダなど、計30桶を出品。「2才で約30㎝前後にまで成長して、尾がしなやかに広がるのが美しいんです」。聞くと、1,700坪あった土地の約半分をハウスメーカーに売却したあと、残った土地の200坪の庭で外飼いしているのだそう。信じられなので、グーグルアースかドローン飛ばして見てみなきゃ(笑)
そんな好環境で飼育された個体、悪いはずがありません。余った個体は?「弥富の金魚屋さんに引き取ってもらってます」。競り中、嶋田さんが「体格が大きいし、ええオランダやね~」と話していたのが印象的でした。野浪さん、いつか200坪で飼育されているオランダの取材に行かせてくださいね(笑)
金魚品評会同様、個性的なキャラの持ち主が多い競り市(笑)。初対面にもかかわらず、みなさんとってもよく話してくれました。しかもマニアックなほど情報がユニーク。とにかく親切でやさしいんです、意外に(笑)
この日最も高値がついたのは、らんちゅう45,000円。オランダ32,000円。はぁ~、ため息が出そうになります(笑)。今年、史上最高価格の4億5,030ドルで落札されたレオナルド・ダビンチの名画が行方不明だというニュースをみたことがありますが、高値で落札したかた、どうか失くしてしまわないようにしてくださいね(笑)
◆伝統の風物詩よいつまでも
この日、すべての競りが終わったのは何と午後6時すぎ。何と4巡まで。すべての段取りはスムーズだったので、要するに出品数が多すぎたみたいです。関係者の話によると、次回からは出品数制限を設けるとのことで、それがいいと思います。やまと錦魚園のスタッフはもちろん、ヘルプでお手伝いされたみなさん、本当にお疲れ様でした。
あとで聞いた話ですが、4巡目にもなると財布の紐が固くなるのか入札のエネルギーがなくなるのか、いい個体が結構安値で落札できたみたいです。でもこれもその時の運。出品者が何順目になるかは、当日の抽選次第。来年こられるかたは、ぜひ参考にしてくださいね。ちなみに、来年も6月・12月の第1日曜日に開催予定です。
「最近は売りにくる人が多い気がします。景気が悪いせいもあるのかも知れませんが、日頃から奥さんに電気代や水道代の愚痴を言われて、それならと売上げを奥さんに献上するなどして家族サービスに徹してはる人も多いかも(笑)」と嶋田さん。年に3回くらいやってほしいという声もあるそうですが、品評会の開催日が近いし人件費もバカにならないのでなかなか難しいとのこと。それより、全部競り師やってたら嶋田さんブッ倒れますよ(笑)!
競り市は、先代の嶋田正治氏が昭和40年ごろから錦鯉の展示即売を行い、売れ残った個体を年末にオークション販売を行っていたのが始まり。昭和49年ごろから展示販売と並行して競り市も本格的に行われるようになりましたが、どちらかというと当時は残り物を売るというイベントだったそう。その後錦鯉ブームが去り、現在のように高級金魚のみを扱うようになったそうです。現在のような「誰でも売り買いできる素人競り市」というスタイルになったのは、ニーズが高まり始めた平成5年ごろから。すっかり大和郡山の風物詩となった金魚競り市。この伝統はいつまでも守り続けていってもらいたいものです。いや、景気がよくならない限り続いていくでしょう(笑)
押し迫ってまいりました。もうすぐクリスマス。そして、あと10日もすれば令和初のお正月。今年最後のイベント取材が、縁起のいい金魚ということでハッピーな1年の締めくくりとなりそうです。それではまた。