南紀白浜の名を、全国に知らしめるきっかけになった京都大学白浜水族館。近辺の自然環境にも恵まれ、館内にいる生きものたちの種類も豊富です。それだけに、生きものの飼育や設備の管理も簡単ではありません。海水魚の飼育は難しいとよくいわれますが、水族館のように大規模施設となればなおさらのこと。記事後編ではバックヤードを中心に紹介、大学の研究機関としての特徴をかいま見ることができました。
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◆海の自然美と隣り合わせ
海に面した京都大学白浜水族館。海の生きものの研究機関としての立地は申し分ありません。館内の飼育水も海から供給されています。
水族館を通りすぎさらに行くと、南無不動明王がまつられている神社らしきスポットが。もちろん大学とは何の関係もありません。
ちょっとした探検気分で、鍾乳洞のような浸食された内部を歩くこともできます。ちなみに、江戸時代までは外国船を見張るために使われていた洞窟だそうで、このあたりに元紀州藩の番所が置かれていたようです。それをまつったのが、現在の番所山不動堂のようです。
神社のみならず、海の自然美が織りなすダイナミックな光景があちこちで見られます。
自然美豊かな海底をグラスボートで楽しめるところも。
水族館のある半島の真裏には、臨海浦海水浴場が。目の前に紀伊田辺市を望み、ここがマリンスポーツのメッカであることがわかります。
水族館としての誕生は1930年ですが、大学の研究施設として発足したのは1921年。ということは、水族館として一般公開される9年前にすでに研究基盤が整っていたのです。
舞鶴水産実験所(京都府舞鶴市)や和歌山研究林(和歌山県有田川町)、生体学研究センター(滋賀県大津市)などといった研究機関との関わりも深く、無脊椎動物を中心にした研究が行われています。
「研究の中心は確かにそうですが、館内で展示している生きもののウエイトは、実は魚と半々なんですよ」と、技術職員の原田桂太さん。大学院理学研究科修士課程生物科学専攻修了後、2010年からこの仕事に就いているスペシャリストでもあります。前編の展示室に続き、後半ではバックヤードを案内していただきました。
◆エサやりを体験できるイベントも
いよいよバックヤードへ潜入。ケガや病気をした魚を一時的に隔離する予備水槽がたくさんあります。とはいえ、「そろそろ予備も少なくなってきているので、少しずつ増やしていきたいと思っています」。
大型冷蔵庫には、魚たちの食事がたっぷり格納されています。
アジの切り身やオキアミ、ワカメ、固形タイプのフードなど、魚の種類に応じて与えられます。食事は基本的に朝夕の2回。「年に何度かエサやり体験ができるイベントを行うこともあるんですよ」。なかなか立ち入ることのできないバックヤードツアー。子どもたちにも人気があるそうです。
これが水槽を上から見たところ。バックヤードならではの水槽ビュー。金魚やメダカならともかく、水族館で上見ができるとは思ってもみませんでした(笑)。
呼びもしないのに、人の気配を感じるだけで多くの魚たちが寄ってきます。家庭にある観賞魚用水槽でも大規模な水族館施設でも、魚の習性はまったく同じです。
おいおいミノカサゴくん、ちょっとアグレッシブすぎでは(笑)?
めったに見れない上見のハコフグも何やらしきりにパフォーマンス。よく見ると、水面に顔を出して水鉄砲のように口から水を飛ばしています。「エサをねだっている仕草に見えなくもないですが、人にアピールしているわけではないようなんです」と原田さん。輪っかにしたタバコの煙を口からポッポッと出して、子どもにウケを狙っていた昭和の大人たちを思い出しました(笑)。
そうこうしているうちにエサやりタイム。原田さんがオキアミなどを投入開始。「基本的には餌付けしやすい生きものが多いので、さほど難しさはありません。ただ、タツノオトシゴのなかまだけは、生きたエサしか食べないので少し工夫が必要です」。
エサやりタイムを展示室から見るとこんな感じ。みんな速い速い(笑)。
さっきのミノカサゴを展示室から見るとこんな感じ。さっきはあれほど変顔でアピールしていたのに、もしかしてツンデレ(笑)?
◆台風の被害を乗り越えて
水槽に直結されているパイプは、独自の給排水システムの1パーツ。館内の水槽は、海水をかけ流しする開放式と循環式の2系統によって飼育水がつくられています。
バックヤードは思ったほど暑くなく、寒くもなく。「いやいや。バックヤードには冷暖房設備がないので、夏はえらいことになってます。ぜひ真夏にお越しください(笑)」。
さまざまなメンテ道具。サイズも家庭の観賞魚用の比ではありません(笑)。
ウェットスーツも当然必要。体を張っての仕事ですから。
色もかたちもまちまちなウニの殻たち。模様が規則正しくてとってもきれいです。「直接手でふれることもできるので、バックヤードツアーではとっても人気です」。でしょうね、これがまさかあのウニのものとも思えません。
ほかにも貝殻やセミエビの脱皮殻なども多数。マニアならたまらない逸品の数々。
ここでは絶え間なく水がダイナミックに流れ、まるでファクトリーの様相。室内とは思えない光景です。「要するに、上部式フィルターと同じ仕組みです」。
水の下に見えるのは、フィルターの役目をする特殊な砂。ろ材のように簡単に交換はできないので、スタッフがひとつずつ不純物を取り除かないといけません。
循環式の飼育水は、水槽からここに運ばれてきてろ過され、貯水槽や熱交換機を経て再び水槽へ運ばれます。シンプルな構造のかけ流し=開放式にくらべて、循環式の仕組みはとっても複雑なのだそう。
バックヤードの最深部は、まるで大型船舶のエンジンルームのよう。電源による飼育水の温度管理は、ここで集約されています。「アクアは電気が命ですから」。
施設の根幹をなす独自の給排水システムですが、2018年の秋に台風の被害をまともに受けました。「21号では大丈夫でしたが、24号では高潮が発生して地下まで水没してしまったんです。もちろん地上も海水による冠水で自宅にも帰れませんでした」。
当時は、スタッフ3人がつきっきりで対応して仮復旧までかなり時間がかかったのだとか。「幸い魚を死なせることはありませんでしたが、人生初の24時間勤務を体験しました(笑)」。
水にトラブルはつきものですが、海が近いだけに台風の影響を受けやすいのもまた事実で、原田さんたちスタッフの苦労がよくわかりました。
こちらは小型水槽を上から見たところ。まるで水産加工工場のよう。
第1水槽室を上から。その大きさを目の当たりにして、さすがに足がすくみます。「万一人が落ちても、ハシゴのある1カ所からしか上がってこれませんよ」。
「しかも水槽にはサメもいますし(笑)」。
◆大学独自の水族館目線
建物の増設などによって展示スペースも充実してきました。「ただコンクリートの傷みが激しくなっているのも事実で、少しずつ改修が必要になってきています」。長きにわたって歴史を刻んできた大学付属の水族館は、アクアの歴史でもあります。
多くの水族館のほとんどが環境別にゾーニングされているのが一般的ですが、ここでは分類群ごとに水槽が分けられています。「このため、近縁な生きもの同士を観察しやすいというメリットがあります」。なるほど、大学が水族館をつくったらこういう視点になるのだと、感心せざるを得ませんでした。
バックヤードツアーや自然観察会などの各種アクアイベントは、2003年ごろからスタートさせました。子どもを中心に、来館者からも好評だそうです。
来館者の一番の人気者は?「やっぱりウツボですね。良くも悪くも(笑)」。
当面の目標は、年間来館者数10万人超え。「現在は約9万人弱なので」。一時は民間に運営を依託した時期もありましたが、今は直運営。大学にしかできない、大学だからこそできる自然教育を、未来を担う子どもたちにメッセージしていけたらいいですね。
観光地としての白浜を広めるきっかけになった京都大学白浜水族館。7年先には、記念すべき開設100周年を迎えます。インバウンドへの期待もふくらみ、まだまだこれから。
ここはまぎれもない「白浜観光発祥の地」。そのプライドは永遠に不滅です!