鉄道、道、そして川。まさに三位一体。三重県伊賀市から京都府木津川市にかけて水をたたえる淀川水系のひとつ・木津川。風化しやすい花崗岩が多く天井川がつくられやすい個所では、過去にはたびたび堤防が決壊し水害をもたらしてきました。ひとたび牙を剥くと表情を一変させる木津川も、秋には風光明媚でハイカーやレジャースポーツの人気スポット。そしてそこには、いくつもの水のチカラがありました。
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◆四万十川を連想させる「沈下橋」
JR関西本線・大河原駅。同本線の中では最も乗降客が少ない無人駅で、少ない時には1日100人を切ることも珍しくありません。
水のチカラを大いにイメージさせてくれる、大河原という駅名。ここ京都府南山城村では大きな水害に見舞われた過去が何度かありますが、それが由来になっているかどうかハッキリしたことはよくわかっていません。
「恋」にちなんだ神社や橋についつい興味をそそられて、木津川のほうへ。
木津川に架けられた恋路橋。ほかの橋と違うのは、欄干が一切ないということ。欄干がないのは、増水などで流木や土砂がひっかかって橋そのものが壊れないように設計されている点。もちろんそうなったら、橋は一時的に川の中に姿を消してしまうことから、この構造の橋を沈下橋と呼ばれているのです。
沈下橋のある、のどかな風景は、どこかでみたことのあるような。高知県の四万十川の風景によく似ています。あちらも同じ沈下橋。四万十川ばかりがクローズアップされていますが、関西にもこんなところがあるとは知りませんでした。
恋路橋を渡ってこのまま道を行くと、恋志谷神社に通じます。ロマンチックな名称。それでも恋は恋。
人だけでなく、車だってちゃんと通れます。れっきとした生活道路だからです。全国的にも珍しい沈下橋。水のチカラに抵抗するのではなく、それを素直に受け止めつつ災難が去ったらまた元の姿を取り戻す。何度も水害に見舞われてきた、先人の智恵といえるでしょう。
◆東海自然歩道も整備された水の恩恵
恋志谷神社は哀しい恋愛にまつわる神社。長い戦いで行方不明になってしまった後醍醐天皇の身を案じた恋志谷姫が自身を追い詰め、哀しみの果てにこの地で自害したとの哀しい伝説が残っています。今では恋愛にご利益があるといわれています。
このあたりは東海自然歩道。川と並行しているハイキングコースもあり、ところどころお地蔵さんや磨崖仏などとも出くわします。
さらさらと水の流れが速いところもあれば、まるで湖のようにぴたりと静寂を保ったおだやかな風景が展開される木津川。ところどころに色づいた紅葉も、この季節ならではです。
相楽発電所がみえてきたことで、さきほどの静寂な水面がダム湖だとやっとわかりました。発電により、今では当たり前のように人々のライフラインを支えているのも、水のチカラであることはいうまでもありません。
川をまたぐ関西本線の鉄橋。水のある風景には欠かせない、川のランドマークでもあります。
時々陽が差し込む東海自然歩道。高低差もほとんどなく、家族連れでも難なく歩けそうです。
今日2つ目の沈下橋。恋路橋より長さはやや短めですが橋の構造は同じです。木津川で2つもこんな風情に出会えるとはラッキーでした。
カップル2人がとっても絵になります。とはいえ2人に見入ってしまうのも野暮なので、水の風景ならぬ「見ずの風景」としておきましょう。
この橋の名称を調べようとしたところ、地図に標記されていたのは「潜没橋」。これって、単に沈下橋の別の言い方なのでしょうか。それとも、これが正式な橋名なのでしょうか。願わくば、恋路橋のような風情ある名前があればいいですね。
木津川に架けられた2つの沈下橋。いずれも情緒ある風景から想像もできないほど、かつて川が暴れた教訓から生まれた橋であることに変わりはありません。水のチカラがいかに自然と共存することが大切かを、静かに教えてくれているような気がします。
◆治水に貢献した先人の無念
道標に沿って歩いていくと、このあたりから飛鳥路といわれる集落に入ります。
関西本線の踏切に出くわすと、ちょうど列車が通過。2両だけのディーゼルカーがエンジン音を響かせて走り去っていきました。余談ではありますが、関西本線の加茂~亀山間はICカードが使えず、「現在鋭意整備中なので、今しばらくご辛抱ください」と、別の駅で駅員さんが恐縮していました。
江戸時代の末期に、当時の取水工事で貢献した庄屋庄七翁の石碑がありました。25歳の若さで庄屋の後継ぎとなって翁は、干ばつに苦しむ村を助けるために布目川から水を引いて村を助けましたが、その後起きた地震により水路が壊滅。その責任によって村を追われ、ついにはこの地で亡くなったという哀しい歴史が残っています。せっかく村人のためのライフライン構築も、最期は恩を仇で返す人のチカラによって押しつぶされたとは、何ともやりきれません。
東海自然歩道はまだまだ続きます。
集落を抜けると、川の様相が変わってきました。と思ったら、いつの間にか木津川の支流の布目川に沿って歩いていました。川幅こそは木津川より狭いですが、ゴツゴツとした独特の河原はさっきまでのおだやかな表情とは別物です。
色鮮やかな紅葉も、そろそろ見納めです。
渓谷に入ると、さらに川の表情は一変。広範囲にわたる川床が堅い花崗岩の岩盤となり、川の水がそれらの上の滑るように流れています。
河原には簡単に下りることができます。よくみると、ところどころに水たまりのような穴がいくつも。
それらは「布目川の甌穴(おうけつ)群」と呼ばれる渓流スポット。流れによって川底のくぼみに落ち込んだ小石が渦巻き状態となり、そのまま回転しながら川床を深く削ってできた穴だそうです。穴ができるまで数十万年から数百万年もかかり、水と水、あるいは岩盤と小石のチカラをまざまざと見せつけられました。
よくみると、途中で橋が途切れている光景が。ここにもかつて沈下橋があったのでしょうか、こんな渓谷では大小の岩石の底知れないチカラに打ち勝つことはできなかったでしょう。
◆鉄道ファンが喜びそうな「銀の帯」
ゴトンゴトンという音が聞こえてきてふと目の前には、2両編成の下り列車が鉄橋を渡る光景が。この付近から布目川は木津川と合流し、元の穏やかな表情に戻ります。
布目川と木津川との分岐点には布目川発電所が。木津川水系には、電力会社管轄の発電所がいくつもあります。
目の前に続く道の先にある踏み切りを渡り、ハイキングコースもいよいよクライマックスに。
踏み切りを渡りながら、後ろを振り返ったり目の前のトンネルを凝視したり。
このあたりから、「銀の帯ハイキングコース」という表示が。
川と鉄道と並行したユニークなハイキングコース。このあたりから、道のすぐそばまで鉄道が迫ります。「銀」とは、てっきり鉄路のことを示しているのだと思いきや、実は陽の光を浴びて銀色に光り輝く光木津川に由来したものでした。
鉄道とはまさにキワッキワ。人の通る道がここまで鉄道と隣り合わせだとは意外でした。線路との間は柵で区切られているだけで、思わず立入禁止なのでは?と疑ってしまうほどスリル満点です。
ちゃんと確認したわけではありませんが、とある情報によると鉄道の保線用とハイキングを兼用した道なのだとか。もう本当にそうだとしたら、旧福知山線の廃線ハイキングにも匹敵する、鉄道がらみのユニークなハイキングコースということができるでしょう。まるで廃線チックのような光景を目の当たりにし、コスプレファンがみたらインスタ映えするスポットとして小躍りして喜びそうです。
もし列車がそばを走ってきたらどんな風のチカラを受けるのだろう。あまりにも線路が近すぎるので、そんなことまで心配になってきます。
「こんにちは~!」。このコースを知り尽くしているのでしょう、トレランを楽しむ若者が爽やかな笑顔であっという間に走り去っていきました。
急に音が近づいてきたと思ったら、トンネルから突然顔を現した列車と遭遇。わずか2~3秒の短い時間でしたが、思ったほど風圧もなく危険な感じはありませんでした。
上り列車との遭遇はあっという間に。これで今日列車とは3度目の鉢合わせ。このコース、間違いなく鉄道ファンにも受けることでしょう。観光客が殺到して、危険な行為が繰り返されこの場所が立入禁止にならないことを祈るのみです。
◆水がつくりあげたボルダリングの聖地
線路ばかりに目を奪われてしまいがちですが、木津川の対岸に目を向けるとゴツゴツした花崗岩がむき出しになっています。
山の上には旧笠置観光ホテルの廃墟が。あの建物からだと、眼下にみる水の風景はさぞかしダイナミックなことでしょう。
ところどころにこんなにも大きい巨石がゴロゴロと。
しかも大きなマットのようなものを背負って歩く若者たちの姿も多々。これは一体?
どうやらここは、「ボルダリングの聖地」だそう。いくつもある個々の巨石では、真剣な表情で崖っぷちに挑む人たちの姿があります。さっき若者たちが背負っていたマットのようなものは、万一巨石から落下してもしっかり体を受け止めてくれる緩衝材だったのです。
パトルボードをのんびり楽しむ光景も。
真新しい石碑は「遊びカヌー発祥の地」の文字が。春や夏には、ボルダリングやパドルボードだけでなく多くのレジャー客でにぎわうのでしょう、水のチカラは川のレジャーの追い風にもなっているようです。
このエリアのランドマーク・笠置橋。国道163号線が近いからでしょうか、車がひっきりなしに通ります。
眼下にはキャンプ場も広がります。晩秋を迎え、そろそろキャンプもオフシーズンへ。
この日歩いたのは大河原駅から笠置駅のたった一駅でしたが、まさに山あり谷ありのバリエーション豊かな道のりで退屈しませんでした。
水と鉄道と遊歩道の三拍子。自然や生活、観光などの側面においてさまざまな被害や恩恵をもたらしてきた、底知れぬ水のチカラ。そんなさまざまな水のチカラに思いを馳せて、木津川の風景を楽しんでみたはいかがでしょうか。