金魚のまち・大和郡山には、金魚にまつわるさまざまな人がいます。養魚場スタッフだったり、金魚組合員だったり、市役所職員だったり。廣瀬彰胤(あきつぐ)さんもその一人。3カ月前、思わぬかたちで遭遇。出会いはある日突然。今まで知らなかったことが不思議なくらい、金魚を通じて地元と深い関わりがありました。
☆ ☆ ☆
◆出会いはコイすくい
毎年10月に足を運ぶ大和郡山市の柳町商店街。商店街がひとつになって取り組む恒例のイベント、「金魚ストリート祭り」が開催されているからなんです。
特に、同時開催中の「全国ポイ投げ選手権大会」もすっかり定着し、去年で4回目。金魚すくいで使用されるポイを投げ、その距離を競うというシンプルなイベントにも関わらず、年々参加者は年々増加。去年は日本記録も更新され、その人気は金魚、、、ではなくウナギ登りなんです。
おお~、イベントは去年終わってだいぶ経ったのに、こんな協賛プレートが今もまだ掲げられたまま残っていました。主催者さん熱いね~。
そんなイベントを毎年取材しているのですが、ユニークなのが「コイすくい」。金魚すくいもドジョウすくいも人気ですが、特に色とりどりのコイすくいはいつも子どもたちからも注目の的。
そんなコイすくいをやっていたのが廣瀬さん。毎年おなじみの顔だから、知っている人も多いはず。だけど、何をしている人なのか、どこに住んでいる人なのかなどなど、個人情報はなかなか浮かび上がってきませんでした。
ところが意外なところに手がかりが。コイすくいの会場とほど近い商店街にある一軒のおうち。そこには、アクアな光景が広がっていたんです。いかにも大和郡山!思わず見入っていると、「どうぞ見て行ってくださいね」とはんなりやさしい女性の声が。えー、一体どういうこと?金魚のイベントで、自宅のリビングらしきところに特大の金魚水槽が拝めるなんてウソのよう。
表札を見ると。。おお~、そういうことでしたか。やっとつながりました。さっきやさしく声をかけてくれたのは、廣瀬さんのお母様・幸子さんだったのです。
◆中国料理の達人
あれから約3カ月。秋は去り冬がきて、商店街もすっかりノスタルジック。冬の寒い日、廣瀬さんのご自宅に訪問することになりました。今度はコイではなくアクアユーザーとして。
季節は変われども、この目を釘付けにした風景はあの時のまま。玄関先の2つの水槽とリビングの2つの水槽が絶妙に重なっています。3カ月前、玄関先から水槽が見えていたのは、「せっかくのお祭りなんだから、うちの水槽がみなさんにも見えるように」と、いわば幸子さんがプロデュースしてくれた結果だったのです。
廣瀬さんの本職は料理人。しかも人生のほぼすべてを中国料理に捧げてきました。包丁一本ならぬ、中華鍋ひとつで日本や海外の有名ホテルを駆け回ってきた料理の達人なんです。令和5年には厚生労働大臣表彰を受賞。これまでの業界での功績が讃えられました。言っときますけど、金魚ストリート祭り限定の「コイすくいのおっちゃん」ではありませんので。
現在も京都の観光ホテルの厨房で腕を振るうバリバリの現役ですが、10年前までは大和郡山市内に中華のお店でオーナーシェフを務めていたことも。1階・2階合わせて100人以上が利用できるほどの規模の路面店だったそうです。「冠山酒家」といえば、ピンとくる人もきっと多いことでしょう。
だのに自宅が柳町商店街の通りに面しているのは、かつては代々カバンの製造販売をしていたころの名残にほかなりません。もちろん今はそんな面影はありませんが、少年時代は商店街の同級生たちと近所の川や池に釣りなどのアウトドアに繰り出していたそうです。
◆「あの水槽」再び
そして何を隠そうこの150㎝の大型水槽、冠山酒家時代に店内に置かれていたものがそのまま自宅で再現されていたものだったのです。まさに甦る中華水槽!
10年前の水槽とはとても思えないほど、アクリルにしては透明度がイケてます。
もちろん中身は、商売人にとって縁起のいい金魚オンリー。黒オランダ、青文魚、ジャンボオランダ、ランチュウなどが優雅に泳いでいます。
ただしこの子だけは、4~5年前に廣瀬さんの娘さん・月香さんが金魚すくいですくってきたリュウキンで、今も元気です。
そして下の水槽には、コイすくいですっかり知られているコイが100匹近く。どのコイも元気に泳いでいます。
今年の10月には、コイすくいでみんなの注目を集めることになるのは必至です。その時まで、しっかり育ってくれたまえ。
かつて冠山酒家には、店内以外に地下の事務所にも150㎝水槽や120㎝水槽が計4本もあったのだとか。そのころの写真ないんですか?「当時はガラケー使ってましたからね~。撮るには獲ったんですが、今となってはどこへ行ってしもうたものやら、さっぱりわかりませんわ(笑)」。残念!
◆料理人ならではの工夫も
付随設備は上部式フィルターと照明のみでヒーターは使用せず。金魚だと大丈夫。「電気代が高くならないようにしないと、ヨメが何かと(笑)」。中国料理の達人もそれなりに弱点があるようです。
低温のせいか、水草の育ちがかなりいいそうです。ミクロソリウムやカボンバ、バルテリーなどがよく育ち、「この間も欲しいという人がいて、採取したら2袋にもなりました」。廣瀬さんが水草を手にすると、どうしてもザーサイやチンゲンサイに見えたりするのは自分だけでしょうか。
上部式フィルター内には、ネットでくるんだ10円玉がいくつも投入されていました。聞くと、10円玉に含まれる銅イオンが白点病予防に効果があるのだそう。過去の苦い経験を教訓にした病気予防対策でもあります。
エサやりには漏斗(じょうご)を流用。いかにも料理人らしいアイデアで、これなら給餌も簡単そのもの。それをわかっているのか、おなかがすいた金魚が漏斗を突ついてカランカランとメシくれ合図をすることも。「ようわかってますわ、はよくれ~って催促されますねん(笑)」とうれしそう。
このほかにも玄関先には30㎝と40㎝の水槽がひとつずつ。こちらは趣味の釣りで捕獲していたものを中心に飼育中。
メインはナタゴで、ほかに息子の允胤君が2~3年前に捕獲していたドジョウもチラホラ。
こちらは現在コメットのみ。「カンパチを釣るためのエサのつもりが、いつの間にか大きくなってしまって(笑)」。このまま生涯をともにしようと、腹をくくった廣瀬さんでした。
◆廣瀬風ハンバーグ
全部で4本の水槽ですが、4階部分の屋上には大正三色やメダカ(幹之)も絶賛飼育中。「今まで忙しくてなかなか集中できなかったんですが、これからは繁殖にも力を入れていこうかと思ってます」。
さらには倉庫で眠っている水槽数本を復活させ、玄関のアクアコーナーをさらに充実させるプランも。ということは、今年の金魚ストリート祭りではグレードアップされた玄関先を拝見することができそうです。
オーナーシェフだったころは、金魚だけでなくメダカやグッピー、淡水エイにアロワナやゼブラキャットなども飼育していたそう。アクア系の雑誌もとことん読み漁り、重みで「床が大丈夫かいなと思ったこともありました(笑)」。
幼なじみが釣りを卒業してバイクや鉄道模型など別の趣味に走っても、魚好きは変らなかった廣瀬さん。大阪へ一時的に料理の応援に出向いた時も、小さな水槽でいつも何かを飼っていた廣瀬さん。そこまでして没入できるアクアの魅力ってなんでしょう?「やっぱり、癒しですかね。仕事でいくら疲れていても、この風景を見ると元気になるからでしょうね。かまってやらなくても済みますし(笑)」。
中国料理と密接な関係にある「医食同源」。廣瀬さんにとってアクアは、まさにそんな存在なのかも知れません。先日も職場のタイ人コック2人を自宅に招いて、アクアとは料理とは何たるやを、熱く語り合ったそうです。
と色々話をしていたら、幸子さん登場。3カ月前、幸子さんが声をかけてくださらなかったら、今日の取材はありませんでしたよ。幸子さんも水槽のメンテを?「水槽がコケで汚れているのを見つけたら、とことんやらないと気が済まないんです(笑)」って、何と子孝行なんでしょ。
その反対に、おうちで特製のハンバーグをつくる親孝行な廣瀬さん。「息子のハンバーグを食べたら、もうよそでは食べられなくなるくらいすっごく美味しいんですよ~(笑)」。はあ~、ええ話。幸子さんのうれしそうな話を聞いていると、こちらまで幸せな気分になれました、幸子さんだけに。
コイすくいもいいけど、今年は廣瀬風ハンバーグというのもぜひ!
【後日談】
取材の約1カ月後、廣瀬さんから緊急連絡。玄関先にあった水槽を完全リニューアルしました、と。おお、こうきましたか。サイズは60×45×45㎝。しかも2段。後日追加撮影に伺いましたが、ピッカピカ。
上段の水槽にはピンポンパールが8匹。
下段の水槽には貝を入れて「タナゴの繁殖をしてみたいと思ってます」。今はタイリクバラタナゴですが、いずれは国産のシロヒレタビラやヤリタナゴとかにも挑戦したいとのこと。
2本の水槽をリニューアルしたことで、玄関まわりの風景が一変。取材後、せきをきったように飼育環境をアップデートするケースは珍しくありません。今回も取材に刺激されて火がついてしまったのでしょうか。廣瀬さん、まんまとハマってしまいましたね。