放送局で魚に携わりながら、自らもアクアユーザーを認める「おさかな博士」尾㟢 豪さん。誰しも、長い人生の中で1度や2度は思いがけない出会いや発見があるものです。尾㟢さんもそんな一人でした。常に情報の最前線にいる日常で、まさか自分が世紀の大発見に関わることになるとは、思ってもみませんでした。
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◆水槽設置の知られざる理由
毎日放送・ちゃやまちプラザに置かれた1台の海水水槽。ハナミノカサゴやウツボ、アカマツカサなどが優雅に泳いでいます。時折、そばを通るタレントさんまでもがじっと見入ってしまうシーンも。
しかしながら、この水槽がなぜ置かれているのか知る人はほとんどいません。その理由は、14年前に遡ります。キワメテが創刊される4年も前のことです。
◆あのさかなクンも関わった世紀の大発見
アクアユーザーなら、ご存じの人も多いと思います。80年前に秋田県の田沢湖で絶滅したはずのクニマスが、2010年に山梨県の西湖で「発見」されたことを。あまりにものセンセーショナルな出来事に日本中が沸き返りましたが、実はそんな歴史のひとコマに尾㟢さんが深く関わっていたのです。
――もとはといえば、あのさかなクンとの絡みがきっかけだったのでしょうか。
「かつて『情熱大陸』でさかなクンが出演した際、私がプロデューサー兼ディレクターだったんです。もう10年以上も前のことですが、今から思えばさかなクンとの出会いがなかったら、クニマス発見に関われたかどうか、今となってはわかりませんね」
――どこでどうクニマス発見と関わったのでしょうか。
「ざっくり言えば、『研究者である京大教授とイラストレーターとしてのさかなクンとで、絶滅したクニマスという魚の絵を描く企画に密着取材をしていたら、絶滅したはずの本物のクニマスが出てきてしまった』ということなんです」
――何だかややこしい(笑)。でもすごいことですよ。
「はい。なので、取材の過程でみつかった魚がクニマスなのかを突き止めるドキュメンタリー番組に、急きょ企画変更したわけです。私が発見したわけではありません(笑)」
――いやいや、そうだとしても錚々たる出演者をコーディネートした尾㟢さんの存在は大きいですよ。
「京大教授というのは、私の大学時代に教えてもらった中坊徹次教授(現名誉教授)です。私の友人であるさかなクンとは、先の『情熱大陸』の時に魚を通じて意気投合した間柄でした。なので、『情熱大陸』を通じて私が架け橋になったような感じです」
――情熱という大陸に発見という名の橋が架けられた!
「探していて見つけたのではなく、魚好きが集まっていたら出てきたなんて、運命的なものを感じます。もとはといえば、中坊教授がずっと気になっていた絶滅種クニマスをさかなクンのイラストで復活させるという『クニマス体色復元プロジェクト』が事の始まりで、それを番組にしようとしていたんです」
――どうやって発見につながったのですか?
「ホルマリン漬けのクニマスからイラストを描くのに苦労していたさかなクンに、教授が近縁種であるヒメマスを取り寄せて参考にしなさいと助言しました。そして、たまたま取り寄せた山梨県・西湖のヒメマスが、結論からいえばクニマスだったのです。なぜ今まで見つからなかったのか?なぜ秋田ではなく遠く離れた西湖から見つかったのか?どうやってクニマスだとわかったのか?その科学の『発見の過程』に密着し続けました」
これにより、事態は急展開。偶然とはいえ、クニマスが発見される前から追いかけてカメラを回して映像に記録していたことが、奇跡的ともいえるドキュメンタリー番組が成立する結果になったからです。そして、終始一貫して番組をプロデュースしてきた尾㟢さんの熱意も見逃せません。「とんでもない、協力してくださったみなさんのおかげです(キッパリ)」。
◆天皇陛下も称賛
オンエアされた「クニマスは生きていた!~奇跡の魚(きせきのうお)は、いかにして“発見”されたのか?~」は、中坊教授とさかなクンのやり取りをはじめ、研究解析を重ねれば重ねるほどクニマスと一致していくデータ、それを知った中坊教授の表情など、発見前からの一部始終がカメラに収められました。科学における『発見』とはどういうことなのかが、きちんと描かれている貴重なドキュメンタリー番組になったのです。
世紀の大発見に、新聞の1面でも見出しが踊る快挙。そして何より、当時の天皇陛下(現在の上皇様)も喜ばれました。「その年のご自身の誕生日12月23日の会見で、クニマス生存の朗報に『奇跡の魚(うお)』と表現されました。京都大学中坊教授の業績に深く敬意を表され、『さかなクンはじめ多くの人々が関わり、協力したことをうれしく思います』と仰ってくださったことは、発見に関わった一人として一生忘れることができません」。
こうして、番組はドキュメンタリー番組として高い評価を得、第52回科学技術映像祭内閣総理大臣賞、第42回科学放送高柳記念賞、第37回放送文化基金テレビエンターテインメント番組部門本賞など、計5部門で受賞。そして、他局であるにもかかわらずNHKのEテレをはじめ全世界165カ国では英語化されて放送されました。
◆これで終わったわけでは…
「その時に、当社の社長賞の賞金で購入したのがこの水槽なんですよ」。ああ、そういうことだったんですね。この小さな水槽は、大きな偉業を成し遂げた結果だったのです。そして、クニマスへの思いがたくさん詰まっています。
みなさんがちゃやまちプラザに足を運ぶようなことがあったら、水槽を目の当たりにしてそんな14年前の歴史的快挙に思いを馳せてみてください。
ところがこれだけでは終わらなかった!オザキワールドの引き出しはまだまだ。この続きは次回エピローグにて。