今年6月に行われた国際ベタ連盟公認の「日本ベタコンテスト2017」で、初出品でありながらいきなり2つの賞を受賞した野瀬寿代さん(三重県松阪市)。
1年前からベタの繁殖を手がけ、今や知る人ぞ知る女性若手ブリーダーでもあるのです。
本業はといえば、生まれ育った地元の松阪市で、生産から流通販売まで一貫して豆腐を製造販売する「嬉野大豆」の生産者。
「昔から動物が好きで、特に馬が大好きでした」と、かつては馬術競技でインターハイにも出場するなど、スポーツ選手としても輝かしい経歴をお持ちです。
家業の大豆生産に精を出すかたわら、なぜベタに興味を持ったのか、なぜコンテストで賞を獲るまでに至ったのでしょうか。
天高く馬肥ゆる秋。
毎日多忙を究める実り多きベタ人生は、始まったばかりです。
◆地元では国産ブランド大豆の生産者
JR・近鉄松阪駅から車で北西へ20分ほど。広大な田畑が広がる一帯が、嬉野町です。農業がさかんで、近くには初瀬街道や伊勢神宮の分詞・須加神社など、かつてのお伊勢参りを彷彿させる歴史的スポットもちらほらと。
嬉野町で広大な大豆畑を管理しているのが、野瀬家の長女・寿代さん。8年もの歳月をかけて、お父さんと二人三脚で研究を重ね、美味しい豆腐づくりに適した「嬉野大豆」を独自開発。以来、国産の上質な大豆を使った豆腐として、地元の人々に広く愛されています。
取材に訪れたのは、地元ではすっかり有名になった「枝豆まつり」の4日前でした。聞くところによると、嬉野大豆の枝豆は粒も大きく、とってもジューシーでおしいしいのだとか。あー、取材日をあと4日ずらせばよかった(笑)
大豆畑からほど近いところにあるのが、野瀬さんのお店「野瀬商店」です。
作りたての豆腐はもちろん、さまざまな大豆製品が並んでいます。
そう、大豆は体にいいんです。三重県産大豆100%使用してるんだもん(笑)
豆腐ドリンクやアイスクリーム、枝豆の豆腐などなど、大豆製品は多種多様にわたっています。
◆わずか1年でベタの繁殖に成功
弱冠30ン歳(笑)。日頃から農作業に携わっているからか、かつて馬術競技で鍛えた肉体の賜物なのか。ボーイッシュ美人かつ、女性にしてはガッチリした筋肉体型がカッコいい!まさかこんなイケてる女性がベタを飼育・繁殖させているなんて。「おそらく限られた友達とかしか知らないと思います(笑)」。やっぱりそうでしょうね~。
――ベタの魅力にハマった理由は?
「1年前にネットなどを通じて知りました。こんなきれいな魚もあるのだな、と。何といっても、明らかに個体差が楽しめる魚なのでハマったのだと思います。以前グッピーの飼育をしていたこともあったんですが、個体差を見分けられるまで至らなかったということもあります」
――え?まだ1年しか経っていないのに繁殖まで(笑)?
「もちろん最初はなかなかうまくいきませんでした。思っていた以上に難しかったです。グッピーと違って自由に繁殖してくれないし、人間が手をかけてやらないと子どもをつくらないですから」
――克服しないといけないことが、山ほどあったんでしょうね。
「主にネットで色々と研究しました。近くに知り合いがいるわけでもありませんし、自分で探すしかありませんでした。でもだんだんわかってくると、楽しくなってきました」
――それって、まさに大豆づくりの精神と同じじゃないですか(笑)
「そうかも知れませんね(笑)。とことん研究したという自負はあります。何としてでも自分の手で繁殖させたい、という信念がありましたから。今思えば、徹底的に自分で調べたり研究したりすることで、(繁殖技術が)人より早く身についたかもしれません」
――うまくいった時はうれしかったでしょうね。
「そりゃあもう(笑)。情熱的な交尾シーンには感動しましたし、6回目のペアリングで成功しました。ペアリングというのは、タイミングが大事だということも、つくづくわかりました」
――いや~、でないといきなりコンテストで2つも賞を獲るなんてできないと思います。
「4匹出品したうち、2匹も賞をいただいてしまいました(笑)」
――4打数2安打って、打率5割ですよ(笑)!
「受賞した2匹とも購入したベタではあったんですが、どんな色やかたちのベタが入賞するのか、ある程度理解できたのも、大きな自信になりました。特に、海外で行われるコンテストの上位入賞者の生体のどこがいいのかよくないのか、それも判断できるようになりました」
ベタ飼育を始めてから、わずか1年でこの快挙。もう立派なブリーダーさんです。自分の手で嬉野大豆を生み出し、流通にまでこぎつけた寿代さん。ベタ繁殖に関してもこのプロセスをたどるのは、必然だったのかも知れません。
◆海水水槽の意外な理由
早速ベタを見せてもらうことに。あれ?海水の水槽?「これは、ベタの稚魚に与えるブラインシュリンプのためなんです。ブラインシュリンプを孵化させるための海水があれば便利だし、同時に海水魚飼育も楽しめます(笑)」。なるほど、二足の草鞋というわけですね(笑)。あくまでベタありきのアクアライフ。さすがです。
高校から馬術一筋だった寿代さん。選手として活躍していたころの写真や足跡が。
七五三でしょうか、小さいころに撮った年子の妹さん(右)との記念写真。
早速、2階の部屋から持ってきてもらいました。オスのベタ2匹。ブラックオーキッドのハーフムーンとブルーギャラクシーのプラカット。寿代さんお気に入りのオヤジベタであり、大事な種親でもあります。
そして稚魚たち2種類。元気に育ってね~。実は稚魚を育てるのも大好きだという寿代さん。何かすごく安心しました(笑)
オレンジゴールドとカッパーデビルから生まれた3匹のうちの1匹。「同じ親なのに3匹とも色がまったく違っていて面白いです。特にこの子は種親として育てていく予定なんです」。ブリーダーならではの冷静な発言(笑)。とても繁殖キャリア1年とは思えません。
◆ここはまぎれもないベタファクトリー
無理を言って、いや本当に無理を言ってお邪魔させてもらった、2階の部屋。一歩足を踏み入れるや、ただただ唖然。失礼ながら、とても女子の部屋とは思えないシチュエーション(笑)。もちろん本邦初公開、まさしく野瀬家のベタファクトリーがここにありました。
スチールラックなどに置かれたコンパクト水槽や、個別容器の数々。一体、何匹いるんでしょう。一匹一匹大事に育てて、くるべきお見合いの日を待っているのです。
寿代さんがレオパ君をベタに近づけてみると。。。あら不思議!闘争本能をむき出しにするのかと思いきや、一気に後ずさり。レオパ君が闘魚でもかなわない強敵だったとは、意外でした(笑)
なんとこの部屋、寿代さんが寝起きしている超プライベートな空間でもあるのです。ベタ繁殖だけでなく、かつてはネット仲間でバンド演奏を楽しむ時間もあったのだそう。その片鱗がチラリと。研究熱心でパワフルな一面は、ここにもありました。
これも本邦初公開。ベッドにゴロリと横になった時の寿代さんの目線からはこんな風景が広がっていました。よくみると、種親候補生のオスがズラリと並んでいます。「ベタはすぐに人馴れする賢い魚なんです。仕事から帰ってきて部屋に入ると、みんながこっち向いてごはんをおねだりしてくるのが可愛すぎるんです(笑)!」
水替えの時はペットボトルを使って2階を上ったり下りたり。いやあ、体力のある寿代さんならではですよね~。
◆大豆づくりとシンクロする生産者としての責任感
驚くなかれ、愛猫とベタの相性もバッチリなのだとか。魚相手に大丈夫かと思いきや、「もし知らないうちにベタが水槽から飛び出していたら、鳴いてちゃんと教えてくれるんですよ(笑)」。なるほど、偉いニャー(笑)
今ごろ気づいたんですが、おうちの玄関には馬にまつわる飾りものがたくさん。「馬術に関して、最近はOBとしてたまに出向く程度」だそう。だとすれば、そのう、玄関まわりがベタの装飾一色に変わってしまう可能性もなきにしもあらずで(笑)
繁殖用のコンパクト水槽や容器とは別に、1階と2階にそれぞれ2つの水槽があります。いずれも、選別もれのベタが混泳。「コンテストレベルではダメでも、観賞用としては十分なレベルの個体に関しては、若いうちに親しいショップに持ち込んで販売してもらっています」と、選別もれした個体の行く末もちゃんと見届けています。「ショップにベタがいることで、ベタに興味を持ってくださるお客さんへのアピールにもなりますから」と、ベタの普及を意識している点は、地域一丸となって大豆づくりに貢献してきた寿代さんらしい一面でもあります。
そして、「うちに残っている子は、ショップでも売れそうにないレベルの個体ばかりです。そうした子たちは、我が家で最後まで飼育しています」と話してくれたことに、生き物に対する女性らしい細やかな心遣いと、生産者としての責任を感じずにはいられませんでした。
――当面は来年のコンテストが大きな目標ですか?
「そうですね。今年のコンテストでは、残念ながら自家繁殖させた魚は受賞できませんでしたから」
――いやいや、1年間という短い期間なんだからそれは仕方ないですよ。
「でもやっぱり自家繁殖の魚で賞を狙いたいです。とはいえ、入賞できる個体を育てるのは大変なんですけどね(笑)」
――今年のコンテストは、腕試し的な面で大きなきっかけになりましたね。
「はい。今後も大きな目標になることには違いありません。しばらくは、いい個体に出会ったらそれを育てて出品し、さらに繁殖させて賞を狙っていく、いわば二刀流でいくことになりそうです」
――何か夢みたいなものがあったりします?
「日本にはほとんどないベタファームをつくってみたいです。全国、いや世界からベタを買いつけに人が集まってくるような(笑)」
取材の最後に見せてくれた、小さなビンに入った小さなプラカット。よくみると、メダカではよくあるスモールアイという品種。寿代さん曰く「黒目が小さくて可愛く、今のところベタでは認められてない品種ではありますが、お気に入りなんです」と、やさしいまなざしでガラス越しのプラカットをみつめていたのは、ブリーダーではないひとりの女性の目線そのものでした。コンテストに出品できてもできなくても、深い愛情を注ぎ込んで手塩にかけていく信念こそ真のブリーダーとしての資質かも知れない。そう語りかけてくれているような気がしました。
話を聞いていると、この人ならいずれコンテストで賞を総ナメにする日がくるのでは?と、思ってしまいます。そしてベタファームの実現も。それほどベタに対する研究は熱心で実行力もあり、何よりもほぼ自分の手で切り拓いてきた実績があります。
8年前から地道に研究を続け、ついには「嬉野大豆」というブランドを立ち上げた寿代さん。近い将来、嬉野大豆に続く第2弾として「嬉野ベタ」が誕生する可能性は大。いや、寿代さんなら簡単にやってしまいそうな気がしてならないんですが(笑)