奈良・平城京がほど近い住宅街の一角。
かつては大手電機メーカーの研究員だった奥田エイメイさんの工房兼ギャラリーがあります。
そこで生み出されるのは、浮遊体アートと呼ばれる“水中オブジェ”。
人工筋肉由来の樹脂を使って製作されたもので、まるで生命を持った生き物のように水槽の中でふわふわゆらゆら。
自然な動きを保った不思議な物体は、決して機械仕掛けではありません。
もうすぐクリスマス。
こんな水中イルミネーション、かなりイケてます。
人工クラゲとともに、今年で18年目を迎えた「想芸館」にお邪魔しました。
◆あまりにも落ち着きすぎるギャラリー
ギャラリーに入ってすぐの場所には、きれいに盛られた生け花が。聞けば自己流(笑)。奥様・奈穗さんの作品かと思いきや、「いえいえ、私が生けたんです(笑)」と奥田さん。平城京跡以外にも数多くの古墳や池が点在する特異なエリア。体力づくりも兼ねて1日30㎞歩くことも珍しくないそうです。そこで思い浮かんだ発想も数知れず。「クラゲ屋と人によく言われますが、歩き屋でもあるんです(笑)」
トビラを開けるとそこがギャラリー。木材を巧みに使い、曲線をうまく取り入れた空間は、まるでカフェバーのよう。人工クラゲがゆらゆら浮遊する水槽ばかりが置かれた空間だろうと思っていたので、これは意外でした。こんなに落ち着く空間なら、何時間でも快適にいられそうです。
奥田さんご夫婦所蔵の古い文庫本や書籍が空間にびっしりと。そんなものまでアートにみえてしまうから不思議です。違和感は全然ありません。
思わずドキッ!男性らしきマネキンが2体?「一人は社長、一人は副社長。それを遠巻きにみているのが、経営の仕事をしていない私なんです(笑)」とまあ、あまりにも斬新すぎる発想。奥田さんの遊び心も満載です。
天体望遠鏡あり、顕微鏡あり、ビーカーあり、フラスコあり。なるほど、副社長は科学がお好きなようです(笑)。かつては研究者だった奥田さん、そんな昔のイメージがマネキンに投影されているのかも知れません。
このスペースはギャラリーでもあると同時に、工房の一部でもあるのだとか。「置いているものはしょっちゅう変わります。今日なんかはまだ散らかってないほうですよ(笑)」。今日の日のために、わざわざ整理整頓していただいて大変恐縮です(笑)
◆KOTOBUKIの水槽とのタイアップも
早速浮遊体アートをみていきましょう。照明を落とすと、それだけで幻想的な空間に。小さな試験管やフラスコに入れられた作品が。イメージは実験室。目を凝らしてみると、まるで魚類の透明標本にもみえます。
アフログレープという名のクラゲ。体の真ん中のオレンジ色の十字ラインが印象的です。
大小の浮遊物が自然に組み合わされて、まさに水中のジュエリーのようです。ちなみにこれは、今年沖縄で開催された「神秘のアクアジュエリーアート展」でも展示されました。
おや?ここに置かれている数本の水槽、KOTOBUKIのレグラスにもみえますが。「ああ、KOTOBUKIさんとは10年以上も前からレグラスの寸法形状を変えた特注水槽を納品していただいています。やはりアートとしてみていだたくためにも、きれいなガラス水槽はやっぱりいいですね」。現在はレンタル水槽でも採用しているそうですが、「水槽の前面にカーブ加工を施したレグラス独特の形状はカッコいいと思います」。
こちらは花をイメージした浮遊体アート。女性的なカラー、そして繊細な動き。よくみると、金魚にみえたりベタにみえたりもします。
どの浮遊体アートも機械仕掛けではありません。あるのは、水槽と水、そして水を送るポンプだけ。水流の動きに、自然なまでに人工筋肉由来の樹脂製水中オブジェが動いているだけなんです。
現在は休止中ですが、こんな小さなガラスの世界の浮遊体アートも。アクア同様、この世界でもコンパクト化が進むかも知れませんね。
◆人工クラゲひとつひとつに生命を吹き込んで
さて、想芸館のメインであり現在の一番ウリの人工クラゲがこれ。人工クラゲといえば想芸館、というくらいすっかり定着した感があります。円柱水槽の中でふわふわゆらゆら。水槽に水を張って水流を送っているだけなのに、まるで本物のクラゲのようで驚いてしまいました。そして水泡がキラキラ星のようにみえたり。
よくみると、ただ水流に身を任せているわけではないことがわかります。体の部分が上へいったり下へいったりする際、微妙な動きを醸しだしているからなんです。
しかも、すべての人工クラゲが同じ動きをしているわけでは決してありません。そのあたりのことも、奥田さんにはすでに計算済み。「みんながみんな、まったく同じ動きをしたら不自然でしょう(笑)?生き物そのもの自体、同じものがふたつとありませんからね」。
こだわりというか、積み重ねてきた経験というか、これは誰にもマネできないハイレベルな技術だということは素人にでもわかります。
あー、もううっとり(笑)。時間が経つのも忘れて見入ってしまいそうです。微妙に変化する光の演出も、人工クラゲに生命が吹き込まれているので感動的ですらあります。
昔も今もアクアとはまったく無縁の奥田さんですが、「親父が金魚が好きで、大和郡山にしょっちゅう買いに行ってましたよ。私自身世話をすることはほとんどありませんでしたが、たくさんある水槽の水替えを時々手伝っていましたので、モノづくりの際のインスピレーションは学べたような気がします」。
無理を言って、人工クラゲを手にとらせていただきました。おっと、さわる前には除菌クリーナーで手を拭き拭きしないと(笑)。「手の脂ひとつにも気を使って製作しているんです。雑菌が入ると腐敗してしまうので」。なるほど、そのあたりのシビアさもまさに生き物となんら変わりありませんね。
手にとってみると、ぐにゃりと。樹脂製であるのですが、あまりにも特殊すぎて原型を想像することすらできません。感触的には水に浸したキクラゲのような。あ、これも“クラゲ”だった(笑)
そして手のひらに置いてみるとあら不思議!浮遊していた時のかたちではまったくなく、へたってしまいました。水槽の中ではどんな動きをするか。それが決して不自然ではないかどうか。本当のクラゲにみえるためにはどこを改良すればいいか。なるほど、奥様の奈穗さんが「水槽が置いてあるこの場所は、実験室でもあるんですよ」と仰った意味がわかりました。
◆酒を飲みながらみるのが一番?
このコーナーでは、奥田さんに写真をご提供いただきながら、手がけてこられた事例を紹介していきましょう。
おっとその前に、忘れてはならないことがひとつ。想芸館を立ち上げる際に最初の仕事として、なんとJR奈良駅付近でギャラリーバーをやっていたそうなんです。たまたま友人から紹介された物件があったのと、浮遊体アートの反応を試してみたいと思ってのことだとか。今からざっと20年前の話。「ちょうど長男が生まれた年でした」って、そんな大事な時に(笑)
バーの名前は、“浮遊代理店”。なんですかそれ(笑)。「当時は、浮遊体アートって酒をのみながらほろ酔い気分でみるのがちょうどいいと思っていたんです。シラフでみるにはまだまだだな、と(笑)」。なるほど、自らがバー経営者となって色々な反応をみようと思われたのですね。
友人の建築家と共同で設計したというお店、当時はなかなかユニークで注目されていたそうです。内装だけでなく、「“一家全員面倒みるからうちにこないか?”というメキシコ人がいたり、“ドバイで巨大水槽をつくってみないか?”という外国人がいたり、夢物語のようなお誘いが結構ありました(笑)」。もしあの時、心が動いていたら今とまったく違う人生を歩いてたかも知れませんね(笑)
店内にはなんと階段席も。カフェバーというより、もはやライブハウスの様相です。「お客さんが集まるという特性からか、 浮遊体アートの発注も色々いただきました。ただ、バーの経営となるとそんなに簡単なものではなく」、結局5年でやむなく閉店したそうです。でもこの5年間で得たものは大きく、現在の布石になっていたことだけは確かです。
少し遠回りしてしまいました(笑)。それでは早速事例を。まずご紹介するのは、神戸メリケンパークオリエンタルホテルでの施工例。空間演出ためのディスプレーを超えて、完全に主役です。
ある大阪のオフィス。白を基調にしたオフィスに合わせて、清潔感満載です。
大阪の薬局。自分の順番がくるまで、きっと癒されたことでしょう。
東京のオフィス。こんな応接コーナーがあったら、商談も捗りそうです。
東京のレストラン。オリエンタルな店内イメージを壊すことなく、摩訶不思議なムードが漂っています。
兵庫の薬局。同じ人工クラゲでも、こんなにキュートなバージョンもあるのですね。
こども未来館「ここにこ」。オフィスや商業施設だけでなく、こうした全国で開催されるイベントでも大活躍しています。
海外での事例。パリの水族館「シネアクア」のエントランスでは、来場者をクギづけにしていました。
レンタル水槽などの事例は、現在約60軒。もし、採用してみたい、話を聞いてみたいと仰るかたがいましたらぜひ。
◆ツクリモノだからこそ生命感を追求
ギャラリーは、現在月1回の第一水曜日に一般開放されています(要事前予約)。このほか、最近では、ちょっとしたライブや演劇、トークショーなどのイベントでも使われるケースが多くなってきたそうです。
あまりにもゆったりと落ち着いたスペース。お茶でもお酒でも、のんびり窘めそうです。以前のように、またカフェバーでもやればいいのに。「いやあ、それをやるとなるとかなり本気でやらないといけなくなりますから(笑)」。18年目に入った想芸館、またひょんなきっかけで新たな道が生まれるかも知れません。
樹脂でつくる浮遊体アートだけでなく、最近は紙を使ったオブジェなどもぼちほちと。1枚の紙が変形すると、どんな生き物になるか。奥田さんの興味は尽きません。
「これってニセモノでょ?と、確かによく言われます。否定はしません(笑)。でも、だからこそ本物の生命体を追求することができるのだと思っています。樹脂は樹脂なりに、紙は紙なりに、必ず生命感はありますから」。ずっと昔、たまたま“動きかたがクラゲに似てるね”と言われて、今や人工クラゲは想芸館の代名詞になりましたが、さらなる進化はこれからです。
最後に、人工クラゲを動画でご覧ください。写真ではなかなか表せない微妙な体の動きが、手にとるようにおわかりいただけると思います。
もうすぐクリスマス。浮遊体アートもクリスマス。まちが一層華やかになる季節。今年は誰とイブをすごしますか?どうかみなさん、ハッピーな一日を☆
☆浮遊体アート「想芸館」のホームページはこちら
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