2020/04/10取材, 地域社会, 未分類, 歴史, 淡水魚, 自然, 観光

【自然】芳醇なウイスキーの香りを引き出す伏流水☆水のある風景vol.38大阪唯一の名水・水無瀬神社「離宮の水」(大阪府島本町)

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京都府との境界線に位置し、かつては西国街道の要衝でもあった大阪府島本町。水無瀬(みなせ)神宮の境内からは「離宮の水」と称された高品質の伏流水が湧出し、地元の人たちに親しまれています。まろやかで引っかかりがまったくない口あたり。冬は温かく夏は冷たく、人の心に常に寄り添ってきた離宮の水。大阪府唯一の名水100選として知られるだけでなく、ウイスキーの香りの決め手ともなっています。

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◆ウイスキーの創業者がこの地を選んだ理由
JR京都線・山崎駅の踏切近くにあるのは、かつてウイスキーの製造で使用されていた蒸溜釜。今やオブジェ化され、まちの象徴物ともなっています。

 

サントリー山崎蒸溜所。創業は1923年。ということは、もう100年近く前のことになります。

 

日本初のウイスキーはここから生まれました。当時、日本にウイスキーなんてつくれるはずがないという常識を覆したのは、「よい原酒を生むのは、よい水があってこそ。よい自然環境なしでは、よい熟成はあり得ない」という当時の創業者の強い理念からでした。

 

仕込・発酵・蒸溜・貯蔵それぞれの工程を経て生まれるウイスキー。タイプの異なる複数の設備を使い分けることで、さまざまな個性を持ったウイスキーが生まれます。

 

では、なぜこの場所がウイスキー蒸溜所に選ばれたのでしょうか。芳醇な香りが決め手となるウイスキーを熟成させるには、恵まれた自然環境が必要不可欠だったからです。周囲を山々に囲まれたこの場所こそ、日本人の繊細な味覚に合った日本のウイスキーをつくるにはベストマッチだったのです。

 

山々の自然だけでなく竹林も豊富な北摂エリア。そしてなんといっても、おいしい天然の水が豊富にあることが必要不可欠である、と。創業者の信念が実を結んだのは、水に対するなみなみならぬこだわりがあったからにほかなりません。創業者が全国に蒸溜所を探し求め、最後にたどり着いたのがこの場所でした。もしこの場所が蒸溜所に選ばれていなかったら、「山崎」の銘柄は永遠になかったことになります。

 

◆水に配慮した高速道路建設
蒸溜所をさらに北へ行くと、椎尾神社が。境内にはヤマブキやシャガが咲き乱れ、うっそうとした雰囲気は駅前とはまったく違う異次元な空間を醸しだしています。

 

神社を突っ切ると、天下分け目の合戦でおなじみの天王山頂へ通じるハイキングコースもあり、ハイキングを日課にしている地元の人も少なくありません。

 

少し山へ分け入ったところに、チューブ形状の建造物がありました。耳を澄ませると、ゴーゴーと音が聞こえています。これは何と名神高速道路・天王山トンネルの一部。ゴーゴーというのは、ひっきりなしにトンネル内を走る車の走行音でした。かつて名神高速道路の工事が行われた際、水に影響が出てはいけないとの配慮で計画変更を余儀なくされたとか。モータリゼーション華やかなりしころでも、こうした環境への配慮が忘れ去られることはなかったのです。

 

◆大阪唯一の「名水」
山崎蒸溜所から歩いて20分ほどのところにあるのが、水無瀬神宮。後鳥羽天皇や土御門天皇、そして順徳天皇が祀られています。

 

境内へ足を進めると、大きな拝殿や本殿、国の重要文化財にも指定されている客殿があります。豊臣秀吉からの寄進でつくられたという説もありますが、正確なことはわかっていません。

 

そして、境内にあるのが大阪で唯一名水百選に選ばれた「離宮の水」。かつては神聖な井戸水として扱われていましたが、茶道の歴史が始まってからは茶の湯にも利用され、その名水を求めて多くの参拝者が訪れています。

 

こちらは手水舎。通常のお参りの場合はここを利用します。

 

境内の塀際にあるのが取水場所。蛇口をひねるだけで、地下からくみ上げられた離宮の水が出てきます。時間制限こそありますが、ペットボトルやポリタンクを持参して水の恩恵にあやかる人は少なくありません。

 

口に含んでみると、まろやかで無味無臭。つるっとのどに落ちていきます。地下水脈からの距離が長いせいか、取水場所から出る水のほうがやや冷たい気がします。夏は冷たく冬は温かく。隣接する京都府にも同じような名水があるそうですが、「ここの水はまったくカルキ臭がしない」と太鼓判を押してくれました。

 

水に含まれるミネラル分は、1リットルあたり約87ミリグラムとか。日本の名水としては比較的高めの硬度ではありますが、分類としては軟水なのだそう。こんなに上質の水が、ウイスキーに適していないはずがありません。枯渇することなく湧き出る離宮の水に、感謝せずにはいられません。

 


◆水無瀬という言葉からわかること
西国街道沿いに建つ一軒のうどん店を見つけました。看板によると、どうやら離宮の水を使った出汁をうどんに使っているとのこと、早速のれんをくぐってみることにしました。

 

なんと創業100年というかぎ卯さん。三代目オーナーは創作うどんが得意だと聞いて、早速こがしカレーうどんと今が旬の桜エビをてんぷらにしたぶっかけうどんをオーダー。さぬきうどんのようなコシがありながら、ツルッとしたのどごし。カレー出汁でもぶっかけ出汁でも、まろやかな離宮の水の特徴を失うことなく引き継がれていました。ごちそうさまでした。

 

島本町のオフィシャルキャラクター「みづまろくん」とともに。ちなみに、現在も水道水の90パーセントに離宮の水が使われているそうです。最近は若いファミリー層が少しずつ増えてきたという島本町、水がこんなにおいしいと子どもたちも安心です。

 

驚いたのは、昭和初期にかの文豪・谷崎潤一郎が来店し、うどんを食べて行ったという店。その時の様子が、短編小説「葦刈」に描かれているとのこと。どうやら、遊女に会う前にうどんを食したらしいとのこと。谷崎巨匠、きっと「水もしたたるいい男」だったに違いありません。

 

離宮の水は、付近を流れる水無瀬川の伏流水から導かれているといわれています。水無瀬川は、淀川水系の一級河川で山間部の釈迦岳を起点に高槻市の渓谷などを経由。上流ではアマゴやニジマス、イワナなどの淡水魚も生息しているそうです。

 

ちなみに水無瀬川という名称は、「表面からは流れは見えないが、地下に水が伏流している川」という意味からきたのだといわれています。万葉の昔から歌にも詠まれていて、忍ぶ恋を表す隠れキーワードでもありました。

 

「恋にもぞ人は死する水無瀬川下ゆわれやす月に日に異に」「ことに出でて 言はぬばかりそ 水無瀬川 下に通ひて 恋しきものを」など、水無瀬川をモチーフとした歌が存在するように、水無瀬川における伏流水の存在は古くから歌人にも知られていたようです。

 

下流が近い水無瀬川。下流というと川幅が広く水量も多くなるのが一般ですが、ここ真逆です。それもこれも、伏流水が豊富だという証拠。どのあたりから川水が地下にしみこんでいくのかはわかりませんが、下流にもかかわらず水が澄んだようにきれいです。

 

水無瀬川はやがて下流で桂川に流入。少し上流で宇治川と木津川が合流した淀川とさらに合流します。

 

桂川に流入直前の水無瀬川は、こんなにもきれい。まだ透き通っています。緑がかった桂川の水とはまったく違います。三川合流という言葉をよく耳にしますが、四川合流と称されても然るべきのような気さえします。

 

◆この場所で日常を取り戻すために
淡水魚や昔の歌人も認めた水無瀬川。ウイスキーづくりに重要なファクターとなる良質な水。日本製のウイスキーづくりに情熱を燃やした創業者は、もしかしたら水無瀬神宮もしくは水無瀬川で離宮の水の存在を知ったのかも知れません。

 

もちろんウイスキーだけではありません。いにしえの昔、この付近に良質な水脈があることを発見した先人こそが功労者であることは確かです。

 

名水あるところに蒸溜所あり。熟成されたウイスキーがつくられる理由は、文字通り「この場所だから」。リビングでウイスキーのグラスを傾けながら、離宮の水に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

 

いつもと違う今年の春。だのに水無瀬川の空も桜も美しく咲いてくれました。まるで、早く日常が全世界に戻ってくるよう祈っているかのように。

 

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