祇園祭や時代祭と並ぶ京都三大祭のひとつといえば葵祭。その京都最古の祭が行われるのが、上賀茂神社です。どちからというと、下鴨神社の人気に押されている感はありますが、それでも新緑や水を求めて訪れる観光客は少なくありません。新緑が美しい季節。境内を川が流れるという全国でも珍しい神社の清流に、耳を傾けてみてはいかがでしょうか。
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◆水量の多い「ならの小川」
「風そよぐ ならの小川の夕ぐれは みそぎぞ夏の しるしなりける」
小倉百人一首(藤原家隆)にも詠われた、「ならの小川」。昔も今も、川の流れは変わることなく清らかなせせらぎを醸し出しています。鴨川から引き込まれた流れが「御物忌川(おものいがわ)」と「御手洗川(みたらいがわ)」という2つの川に分かれ、その後に合流したのが、ならの小川。あの奈良とは無関係で、この先明神川と名前を変えて一本は門前町である社家町へ、残りの一本は鴨川へと戻っていきます。
上賀茂神社の境内を静かに流れて門前町へと続いていく明神川。同じ神社でも、下鴨神社の川よりも水量が多い気がします。
赤い欄干までが上賀茂神社。この先が門前町です。
◆水とともに清らかな風情漂う門前町
この付近と境内の外になりますが、国の重要伝統的建造物保存地区。室町期に発展した門前集落で、神社につかえる神官らの屋敷街でもあり、明神川の流れが溶け込んだ風情のある町並みが続きます。
江戸末期の古い建物を一般公開されている京雷堂。窓越しではありますが、上賀茂神社に出仕前に神官たちが禊をしていたという場所を見ることができます。
正式名称は賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)。下鴨神社ご祭神である玉依媛命(たまよりひめのみこと)の子どもである賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)をご祭神と仰ぐ神社です。正面の一の鳥居から二の鳥居にまっすぐ伸びる参道は、両側が芝生が敷き詰められています。糺ノ森に囲まれた下鴨神社の参道とは対照的で、とても開放的な風景が印象的です。
源氏物語の葵の巻にも描かれた参道と馬場。葵祭の斎王が禊のために鴨川の河原に赴く日。その行列を見物するための場所取りの末に起こった葵の上と六条の御息所の車争いの舞台となった馬場。そんな争いには似つかわしくない開放的な場所です。
2015年から「世界文化遺産 上賀茂神社 式年遷宮記念文化事業」が行われています。昨年の3月には記念事業の一環として、ここで歌舞伎俳優の十代目・松本幸四郎さんが襲名記念奉納舞台を上演したそうです。
◆川のせせらぎを聞きながら「曲水の宴」
せせらぎの音に惹かれて立ち寄った場所は、平安時代末期の趣のある庭園の風情を残す渉渓園。ここで行われる「曲水の宴」は、1182年当時の神主が初めて行ったころから何も変わることなく現代も受け継がれています。今年は4月14日に行われました。
龍が宿る池から出土した願い石である「陰陽石」。陰陽道の陰と陽が融合した姿を表し、両手で静かに触れてから後方の神社にお参りするといいそうです。
ふと見上げると逆さ虹が見えました。吉兆の証とも言われる逆さ虹。読者のみなさんにも、吉兆が訪れますように。
正面に細殿を望む二の鳥居。幻となってしまった平成32年の式年遷宮。年号は令和へと変わってしまいましたが、遷宮への準備は着々と進められていました。
ならの小川から舞台をみると、時間が止まったような錯覚も。目の前を平安装束の人が通り過ぎても、何ら不思議はありません。
◆神がパワースポットと定めた水と砂
二の鳥居を抜けて最初に目に飛び込んでくるのは、きれいに整えられた円錐形の立砂。神様が最初に降臨されたといわれる神山をかたどったものだといわれています。正面の細殿に向かって左側に3本の松葉、細殿に向かって右側に2本の松葉。これらは陰陽思想の中において、奇数と偶数が合わさることで神の出現を願う意があることによります。
また、上賀茂神社が長岡京の鬼門である北東に位置をしているためその方除のために設けられたともいわれています。そのため、現在でも鬼門とよばれるところや裏鬼門に砂をまき清めるのは、この立砂の信仰が起源で『清めのお砂』の始まりともされているのだとか。
神様が最初に降り立ったといわれている神山に降り注いだ水を水源とする神山湧水を汲み上げたお手水舎。
上賀茂神社の最大のパワースポットである「岩上」。神山と共に賀茂信仰の原点で、古代祭祀のかたちを今に伝える場所だそうです。神と人との心の通路でもあり、現在も重要な祭祀がここで執り行われています。一見何もない岩ですが、実は神聖な「気」が集中している場所なのです。みなさんも上賀茂神社を訪れた際はぜひこちらへ。
上賀茂神社には多くの摂社があります。こちらは癒しの神様をお祀りしている須波神社。ひっそりとたたずんでいました。
中門から本殿へと続く玉橋の下にも川は流れています。
中門を潜ると右手が本殿、左手が権殿です。
◆絶滅危惧種として憂慮される二葉葵
縁結びの片岡神社は玉依姫が祀られた神社。紫式部も度々通ったといわれています。ハート型の絵馬は、実は神紋である二葉葵(ふたばあおい)をかたちどったものだそうです。
八咫烏のおみくじがぎっしり。賀茂族の祖先が八咫烏(やたがらす)となり、神武天皇を先導したという故事があり、以来八咫烏は、人の行く末を導く神として祀られるようになりました。最近では日本サッカーのシンボルマークとして有名になりました。ちなみに、下鴨神社は日本ラグビー発祥の地といわれていて、両者は案外無関係ではないのかも知れません。
八咫烏のおみくじはなんと『大吉』でした。
上加茂神社のご神紋は二葉葵。この植物は日本固有種で、宮城県・香川県・福岡県などではすでに絶滅危惧種に指定されています。御祭神降臨の際に、『葵』を飾り、祭りをしなさいと御神託があったことから御神紋となり、社殿を飾り神と人を結ぶ草として古来から大切に守られてきた植物です。ここ上賀茂神社でも二葉葵は数を減らしているため、ご神紋である二葉葵を育て再び上賀茂神社に里帰りさせるという「葵プロジェクト」が進められています。
神社を訪れてもあまり目に止まることのない設えにも目を向けてみると、さりげない二葉葵の模様がそこかしこに。上賀茂神社の神紋ではあるものの、神に会える。その願いを込めて二葉葵が刻まれているかのようです。
1年後の式年遷宮に備えて、桧皮葺の張り替え作業が少しずつ行われています。建物の屋根も新旧の桧皮葺がみられ、訪れる人々に別の楽しみを提供してくれています。静かな水面を眺めていると、さまざまを時代の出来事を全部知っているかのように思えました。
◆神水を利用した「神山湧水珈琲」
西の鳥居のすぐ横にある神山湧水珈琲は、神山湧水を利用した珈琲が販売されています。「憩いの庭」は、上賀茂神社2600年の歴史の中で初めて常設されたお休みどころなのだそうです。
神山湧水のご神体である神山から湧き出た湧水。その湧水に合うコーヒー豆をブレンドして抽出されています。まさに神のパワーがいただける薫り高きコーヒー。木製のトレイは昨年の台風被害で倒れてしまった木を利用しているそうです。お菓子セットには名物の焼き餅が二つ。
ちなみに、「葵プロジェクト」の葵のポット苗は社務所で購入できます。自らの手で育てた二葉葵が大きく育って、またこの地に里帰りできることを願いながら購入してみることにしました。所有しているだけで神が近くにいるような落ち着いた気持ちになれるのが不思議です。
◆7月28日に「賀茂の水まつり」開催
邪気を清め幸せを呼ぶといわれる香りのするお守り袋。身につけていると、不思議と心が安らかになりました。
神のパワーに触れ、神山の湧水をいただき、神に会える葵にふれることのできた上賀茂神社。7月28日(日)には、ならの小川に笹飾りを立てて願をかける「賀茂の水まつり」も行われます。いつも変わらぬ川の流れとともに、変わりゆくものを受け入れながらも、人々が意識して守っていく中で後世に伝えていけるものの大切さを学べた気がします。