滋賀県高島市のほぼ中央部。びわ湖にほど近い針江・霜降と呼ばれる集落には、今も昔ながらの水のある風景が残っています。その昔、比良山系に降った雪や雨が伏流水を元とした地下水脈がみつかったことで集落がつくられ、今も湧水を利用した人々のくらしがあります。透き通った水。流れに身を任せる梅花藻。そして、びわ湖から遡上してくるコイやアユたち。どこまでも清らかな水は「生水(しょうず)」として親しまれ、生命あるすべてのものに寄り添っています。
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◆きれいな水と昭和の原風景
まちを歩いていると、遊戯具のある小さな公園がありました。周囲の雰囲気とマッチしていて、どことなく昭和の原風景を思い出させてくれます。
すぐそばには水車も。小型水力発電機と連動しているらしく、実用的なオブジェとなっています。
公園内の池には、マゴイとニゴイが泳いでいます。よくある風景ではありますが、なぜこれほど水がきれいなのか、驚いてしまいます。
こんな懐かしいポストも。もちろん現役です。
そして風情ある常夜灯もまちのあちこちに。中身は上水道の点検用パイプですが、さきほどの水車による小型水力発電機で発電された電力で常夜灯としての役目も果たしています。
さらさら流れる水車のある小川は、コイの池と同じく水がとってもきれいです。ゆらゆら揺れている水草は、梅花藻(ばいかも)。6月ごろにならないと花が咲かないはずの梅花藻ですが、よく見ると小さな花が数個咲いていました。
梅花藻が揺れている小川へ降りてみました。ふと横を見ると、パイプからは常に水が出ています。しかも澄んだきれいな水。これが、今も地元のくらしに密着している「かばた」と呼ばれる上水のシステムだったのです。地下から湧き出た清水はいったん四角い場所にプールされ、あふれ出た水が梅花藻のある少し低い場所に落ちる仕組みです。全国でも珍しいシステマチックなシーンが現存しているのは、水源に恵まれていることが大きな要因のようです。
◆知られざる「かばた」の秘密
清水の水源は、滋賀県湖西の比良山系で降った雨や雪。それらが伏流水となり地下水脈を経て、やがてびわ湖へ。偶然かどうかはともかく、針江というエリアに活発な地下水脈が現存していることだけは確かです。地下水脈がこの地にあることに気づいた先人には、頭が下がります。
地下湧水の層にパイプなどがたどりつくと、自然と水が出てくるのはこの地ならでは。かばたには、大きく分けて「元池」「壷池」「端池」の3段階で構成されています。パイプから出てくる清水が元池。元池は上水道のようなもので、この水を昔は飲み水に使っていました。元池の水は壷池へ。壷池は天然の冷蔵庫の役割を果たし、野菜や果物を冷やします。壷池の水はさらに端池へ。端池は、いわば洗い物の場所。米などの残飯を食べにくるコイたちもいるそうです。上水から下水へ。しかも無駄に水を使わず水を汚さない、周辺環境への配慮。理に適った水のシステムは、「第2のキッチン」といえるでしょう。
かばたには、外かばたと内かばたの2タイプがあります。屋外や別棟にあるのが外かばた、棟続きにあるのが内かばたで、仕組みそのものはまったく同じです。
外から見た外かばた。本格的に焼杉を使って建てられたものや、トタン板で囲まれたのシンプルなタイプのものもあり、それぞれの家庭の使い勝手を考えた構造になっているようです。
現在は上水道が完備されていますが、今でも上水道とかばたの水を併用して使っている家庭も多いのだそう。世代の変化とともに、かばたもさまざまな使われ方がされているようです。いずれにせよ、決して水を汚すことなくそして水を効率的に使うという、周辺環境にも配慮した「かばたスピリット」は今も健在です。
まちを歩いていると、空き地などにかばたの遺構が残っているところがたくさんあります。それぞれが何年間使われていたかばたなのかはわかりませんが、こうして実際の姿が現存しているのは歴史的にも貴重です。
◆くらしに必要な本当のこと
針江のかばたで利用される水は、平成の名水百選にも選ばれています。
針江地区の人々を氏子に持つ日吉神社。昔から針江の人々の暮らしを見守ってきたのでしょう。水の女神である玉依姫を祀る日吉神社、水を取り巻く不思議な縁があるのかもしれません。
満々と水をたたえ、しかも流れが速い針江大川。かばたの排水は合流するものの、本来の下水は流れ込まないため、とてもきれいな水が流れています。
水温が低くてきれいな水でしか育たない梅花藻はもちろん、地域の人の手によって男藻や女藻と呼ばれる藻も育っています。
アユやコイなどの淡水魚も、活発に遡上しています。人々のくらしだけでなく、魚たちにとっても好環境が保たれているようです。
自然からもらった大切な水を独り占めしないで、地域ぐるみで分け隔てなく利用し自然に帰す。当たり前のことを当たり前にするくらしが、水の清さを生み水生植物が育ち魚も鳥も豊かな自然を享受しています。
いつの時代も人を思いやる気持ちこそ、くらしの原点といえるでしょう。
※編集室より
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