子どものころから生きものが好きで、アクア系の専門学校を卒業してから趣味も仕事もアクア一筋。好きなことを仕事にしている、イマドキの若者のライフスタイルがうらやましすぎます。寝ても覚めてもカノジョといても、頭の中はいつもアクアでいっぱい(笑)。27歳のアクアリスト。有り余る情熱と創造性を持ちながら、客観性も忘れないオトナな一面も。独自のこだわりと信念と。そんな世界観をかいま見るべく、自宅訪問となりました。
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◆その男の正体
戸建て住宅3階の和室がヤバすぎます(笑)。壁に飾られた賞状やポスターや絵などは、もはや脇役。というか引き立て役。いくらガンバってアピールしても、もはや目に入るものは水槽しかなく(笑)。色々ウワサには聞いていましたが、これほどハイテンションだったとは思ってもみませんでした。
水槽のサイズは平均30~60㎝。それぞれの水槽が何となく大きく、そしてどれも明るく見えます。やっぱりメンテが行き届いてるのでしょう、それともステイホームの思わぬ効果(笑)?
笹井章寛さん。改めて見るとなかなかのイケメンです。これまでショップで話をしたりアクアイベントで協力してもらったりしたことはありましたが、ずっと名字しか知らなくて。フルネームだとこんな古風な名前だったとは(笑)。ああ、あの子!と心当たりのある人も結構いるはず。長年のつきあいなので、ここでは笹井君と呼ばせていただきます(笑)
――アワジヤさんに勤めて何年?
「もう8年くらいになると思います。アクア関連の専門学校を卒業してからずっとですから」
――もうそんなに?ってことは「キワメテ!水族館」の創刊前から(笑)
「専門学校在学中にインターンシップで伺ったのが最初でした。それがキッカケでアルバイトを志願し、それからずっと今までお世話になっています」
――アルバイトを自ら願い出たというのはすごい。
「コケや水草などの植物の使い方が素晴らしくて。色使いや色の出し方、植物の配置や石の組み方など、もっと勉強して自分のスキルを高めたいと思ったんです。でも、何度かキャリアが足りなさ過ぎると断られたんですけどね(笑)」
――8年ほど前といえば、確かにアクアテラリウムというジャンルが注目され始めた時期だったような。
「そうだと思います。それまで魚のことしか知らなかったので、かなりの衝撃を受けた記憶があります」
――アクアに対する思いはいつごろから?
「親が転勤族だったんですが、静岡で生まれてからどこへ移り住んでも生きものが好きでした。滋賀にいたころは熱帯魚もたくさん飼いました。高校生のころにアクアショップで働くと決めました」
――10代で進路を決めるとはしっかりしてる(笑)
「もうこれしかないという思いでした。親に反対されることもなく、周りの人にも恵まれていましたし」
――目力がすごいし(笑)
「(笑)。人には恵まれてきましたが、あまり人に左右されない性格でもあるんです」
――職場でアクア、自宅でもアクア、ってしんどくない?
「全然楽しいです(笑)。どちらかというと家では実験ベース、職場では実践、といったところでしょうか。自分が感じた疑問をとことん追求できますし、終わりがないんです」
好きなことを仕事にできるということは本当にうらやましい。もしアクアを仕事として割り切っていたら、こんなに情熱はなかったでしょうし長続きもしなかったような気がします。しかもお客さんの中にも笹井ファンが多く、笹井君のアドバイスが購入動機になったりリピートにつながったり。好きなことを極めていくということは、結局自分にも職場にもプラスになっているということがよくわかりました。ただし!公私混同を避ける意味でも、アクアに関することはお店にいる時の笹井君に聞いてくださいね(笑)
◆アクアテラリウムへのこだわり
それではいくつかの水槽を紹介しながら、笹井君のこだわりを聞いていきましょう。これは2年前に製作した45㎝水槽。魚と植物が融合したアクアテラリウム。製作時から何度かのメンテナンスを経て現在の状態に。
水上葉と水中葉がバランスよく使われています。特に、夏になると急成長する水上葉が愛しいのだとか。「条件が揃うと、予想しなかった花も咲かせてくれますからね」とうれしそう(笑)
ウォーターローン、ニューラージパールグラス、ロタラロトンジフォリアなどの水上葉のほか、アクセントとしてガジュマルなんかも少し。
一方の水中葉では、ウィストリア、プチナナ、アマゾンチドメグサなどをあしらい、ネオンテトラやオレンジグリッターダニオなどの小型魚たちと同居。いやー、それにしても水槽がきれい。もしかして昨日掃除した?「はい(笑)」
アマゾンチドメグサは、まさに水陸両用。基本、湿地帯などの水分の多いところで生育する多年草ですが水中でも生育しやすく、その水中葉は成長して水上に顔を出し始めると、葉が大きくなっていくのだそう。
コケのようにも見える植物はありますが、実際コケは使っていません。「コケは管理がとても難しいんですよ」。師匠はコケ使いまくりなのに(笑)。「いやあ、まだまだ無理ですね。室温の管理が難しくて、夏場はエアコンが必要なんです」。ああ、自宅製作だから確かに電気代は気になります。
この水槽の一番の特徴は、ポンプで吸い上げた水が上から伝って下へ流れる仕組みになっていること。よく見ると、上流から下流に向かって滝のような水流があります。しかもポンプは1本だけ。「分水をしないで、石組みのすき間から水が回るようにしています。たまにこんな時、水のつなぎとしてコケを使うことはあります」。
◆アベニーパファーとこだわり水槽
「30分でつくっちゃいました(笑)」というこちらの水槽。30分なんて、もっと勿体つければいいのに(笑)。バナナプラントをシンプルに使ったコンパクト水槽。ところどころ躍動的な茎が印象的です。
大きくなったバナナプラントの浮き葉。「水槽に浮き葉とかがあると落ち着くんですよ」ん、笹井君が?「いえ、魚たちです」。こりゃ失敬(笑)。魚の飛び出し防止にもなるらしく、妙案といえそうです。
実はこの水槽、あの世界最小の淡水フグ・アベニーパファーを飼育したかったからつくったのだとか。アベニーは、外見こそとってもヒョコヒョコと可愛いんですが、実はとがった歯を持ち結構ヤバいやつなんです。
こうして緑のある落ち着いた環境で飼育したかった笹井君。エサは沸かしたブラインシュリンプでないと食べないのですが、冷凍赤虫ならOKというわがままなアベニーに振り回されるのも、ひとつの快感になっているかも知れません(笑)
◆今時のベルリンシステム
一般的に飼育が難しいといわれる海水魚水槽。このため、おうちに海水魚があるのは珍しいケースです。水槽を立ち上げてかれこれ7年以上経過。強い水流と強い光を意識して、サンゴをメインテーマで育成しています。
ナチュラルなカラーが印象的なチヂミトサカは、何年もかけてじっくり成長。
そんな環境下で、おなじみのクマノミやオレンジ色をしたおなかが印象的なルリヤッコが、水流に負けそうになりながら頑張って泳いでいます(笑)。「バクテリアバランスのために強い水流が必要ですが、給餌の時だけは流石に水流を止めるようにしています」。確かに自然の海では、水流はどこにでもあります。できるだけ自然に近いかたちで飼育するサンゴや海水魚。笹井君にとって、ある意味実験的な水槽だといえるでしょう。
まるで花のようなマメスナ。この日照明を当てたばかりなので、もう少し時間が経てばさらに花が咲いたようにおおらかな表情を見せてくれるらしいです。
直近の水替えは3カ月以上も前。しかもろ過材を使わず、ライブブロックに水流を当ててろ過する「ベルリンシステム」によって、海水魚を飼育しやすい環境につくり上げました。自宅で海水魚を飼いたいと思う人は、ぜひお店を訪ねてみてください。
◆大型魚ほどエサは少なめに
おお~、こんなところにオレンジフィンキリーフォーリーが。ピラニアの仲間で、大きくなると約30㎝くらいまで成長するというシロモノ。おなかの模様がとってもきれいです。この水槽には小さな同居魚がいます。食べ残しのエサかと思うくらい小さい。聞くと、何と上の水槽からダイブしてきたらしく、食べられもせず仲よく混泳しているのだとか。これも笹井君流の一種の実験だそう。
生後1年未満。早く成長させようとやたらエサを与える人が少なくありませんが、笹井君によると大型魚には毎日エサを与えないことが健康の秘訣なのだとか。「人工のエサには脂質が多いんですよ。なので、普段からしっかり運動させて少量のエサを与えるほうが、魚にとってはいいんです」。あー、美味しいからといって食ってばかりしていたらどんどん太ってしまう人間とおんなじ(笑)。いくら魚といえど、健康チェックは怠らないようにしています。
ただし水替えはできるだけこまめに。「量は少なくてもいいので、回数を多めにすることが秘訣です」。アクアとしての基本情報に自分の経験をプラスして、店でお客さんにフィードバックする。「さまざまなアクア関連の資料から得た知識と、自らの経験とお客さんの意見をハイブリッドすることで、よりよいアクアライフにつながりますから」。やっぱりキミは店にいないといけない貴重な存在です(笑)
◆カノジョとの共同作業?
2階に下りてみると、え?これが本当に人が暮らしている空間(笑)?まるでアクアショップか、住宅メーカーのショールームみたいです。生活感まるでゼロホーム(笑)
実はここ、笹井君のカノジョさん宅。厳密にいうと同居中。SEのN子さんのテレワークオフィスも兼ねていたのです。アクアな環境でのテレワーク。パソコンに向かって仕事が捗るのかそれとも気が散って仕方ないのか、確認はとれていません(笑)
2人揃ってアクアという共通の趣味。そのきっかけとなったのがこの水槽。このアクアテラリウムは、N子さん作。ちなみに水槽はKOTOBUKI製。
「びっくりしました。だって、つくりたいと(N子さんが)言うので軽くアドバイスしたらできていたんです」。ウォーターローンやシダ、ワイヤープランツなどを使ったアクアテラリウムは水槽から突き出た大胆な高さが魅力で、「これらの植物は大きく育ちすぎることが多いので、あまり使わないんです。でもこれを見て、こういうのもアリかなと。自分にはなかった発想だったので驚きました」と絶賛。そして、うれしそう(笑)
さっきの水槽とは打って変わって、超絶シンプルなアクアテラリウム(笑)。何となく女性らしさが表われているような気がします。
こんな遊び心たっぷりのアクアも。水槽というよりボトル容器。ワンポイントとして前部に蛇口アクセサリーがついているのがミソ。ただし、蛇口をひねるとアクアテラリウムが出てくる、といったギミックはありません(笑)
ほかにも稚魚だけを飼育中の稚魚水槽など、家じゅう2人の独自の世界観で演出されています。
◆大型魚をダメにする脂質成分
さて本日のメインは堂々の120㎝水槽。実は3階へ上がるまでにチラッと見えたんですが、あえて見て見ぬフリをしました(笑)。でないと、ここで道草を食ってたら取材時間がいくらあっても足りない危険な香りがしたので(笑)
出ました!インドのアッサム産・バイオレットスネークヘッド。3階で見た古代魚もきれいでしたが、これまたきれいです。いかにもエキゾチックな色をしていますが、日本では比較的飼育しやすい品種だそう。
水温は26℃が上限。冬場は穴を掘って冬眠するそうで、笹井君に言わせば熱帯魚ではなく「温帯魚」なのだと。よくわかりませんが(笑)
この魚も、エサを与えすぎるとダメ。エサを与えすぎてしまうと、何と死に至ることも。エサは1週間に2回で十分。さっきもそうでしたが、古代魚って案外人間に近いのかも(笑)。やっぱり人工のエサには脂質が多いから。「そういう点でいえば、KOTOBUKIのフライミックスは脂質の割合が少ないので魚の健康維持には絶対いいと思います。昆虫系を原材料に使ったエサはほかにもありますが、どれも脂質が多いんですよ」。体が大きくなるのはいいことですが、太るのは健康によくない。成分としての脂質は、魚も人間も気をつけなければなりません。
ユニークなのは、ポリプテルス数匹と同居している点。しかもみんなソーシャルディスタンスに関係なく群れてます。
ちょいちょい、それって密だし(笑)
水温や水流の強さなど、現在の水槽環境はどちらかというとスネークヘッド寄り。「お互いそれをわかっているみたいで、2種類がどう順応していけるか、この水槽もある意味実験中なんです」。まるで水族館の学芸員っぽい笹井君の解説。というか、時間を決めてミニ水族館にでもしちゃえば(笑)?
寒さが苦手なポリプテルス。こういう種類の魚には、逆にエサをしっかり与えたほうがいいのだそうです。
ほかにも、ポリプテルスアルビノセレガやオレンジとブルーのラインがきれいなバーミーズレッドフィンスネークヘッド、ポリプテルスデルフェジーなど。そしてコウタイと呼ばれる七星魚などを混泳させた水槽も。今はアクアテラリウムがメインということでしたが、これほど古代魚が多いというのも特筆すべき点かも。「衝動的に買いたくなるんですよ。お客さんの中でも人気があり自分でも好きなので、もっと広まっていってくれたら、と思います」。いつかスネークヘッドの特集やりますから、その時はよろしく(笑)
◆好きなことが販促につながる
本日のトリを務めるのがこの水槽。笹井君曰く、「アメリカの刑務所的水槽」なのだそう(笑)。理由を聞くと「血の気の多いヤツばかりがいる水槽だからなんです」。
コイ科ばかりを集めた水槽。スマトラやグリーンスマトラ、トーピードバルブなどなど、確かに動きが速いし常にケンカを吹っかけるように誰かを追いかけ回しています(笑)。数あるほかの水槽は比較的のんびりした時間が流れているのに、ここだけは特別感満載(笑)
その中でも一番のワルはオデッサバルブ。とってもきれいに仕上がっているのに、気の強さはピカイチなのだそう。確かに写真を撮ろうと試みても、なかなかじっとしてくれません。なんじゃコラぁ!と言われているような、いないような(笑)
こちらの水槽は小型魚中心なので、比較的エサはたっぷり与えるそうです。大型魚は控えめに。小型魚はたっぷりと。それがいい魚に仕上げるためのコツだといえそうです。
そういえば、ここへきた時に最初に目に止まった表彰状。平成26年と28年に東京で行われた観賞魚イベントで準優勝を獲得。出品したものは、20代前半で衝撃を受けた30㎝水槽のアクアテラリウム。え、それをどうやって東京まで?「車もありませんでしたから、自宅で製作したものを壊さないように新幹線を使って東京まで持っていきました」。当時は出場者のほとんどがショップや卸業者で、個人で出品したのは笹井君ただ一人だったそう。「自信?ありました(笑)」。
好きなことを仕事にするのはうらやましいですが、ひとつしかない選択肢だからこそプレッシャーになることも多かったはずです。「ほかに夢中になれることがありませんでしたから」。いやいや、見つけられたら困ります(笑)。好きなことだからこそ突き詰めていけば、自身の肥やしにもなるしお店の販促にもつながるのですから。
いつも屈託のない笑顔で、礼儀正しい笹井君。実はその笑顔が、一番の販促ツールかもよ(笑)