5年前に立ち上げたBAR CHLO(クロ)は、オーナー・黒田祥知さんの想いがびっしり詰まったアクアリウムバー。それまで勤めていたアクアショップを辞めてまでカタチにしたかった、「クロダワールド」。人々がくつろぎ集い、明日のために鋭気を養えるカオスな空間。そんなとっておきのスポットでさえ、コロナ禍でまさかのシチュエーションに。それでも、オープン当初からの想いを貫き通すオーナー・クロちゃんのブレない姿がありました。
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◆久々の「クロダワールド」
店内は自治体が求める感染防止対策がとられ、入口にはステッカーも貼られていますが、ここまでやっても休業せざるを得ない現実がありました。もちろん酒類を提供しなければ午後8時までの営業は可能ですが、営業時間のスタートを考えると酒類の提供なしでは現実的ではありません。あれこれ悩み抜いた末に時短営業の時期もありましたが、結局完全休業に。この状態がかれこれ半年近く続いています。
以前取材で訪れたのは5年前。オープン間もないころでした。当時は、勤めていたアクアショップが夜終わってから店を開けるという、変則的かつハードなライフスタイル。毎日しんどいでしょ?と問いかけても、「いえいえ全然(笑)。好きなことをやらせてもらってるんですから、しんどいなんて思ったことはありません」。そんな前向きな話を聞いて、当時はうらやましさもひとしお。記事のタイトルに「日本一幸せな男」とつけたのも、必然でした。
日曜日の午後、久々にクロちゃんとご対面。数年前、植物のイベントで会って以来です。そして久しぶりのクロダワールド。ひとまず元気そうで何より。逆に、今までずっと突っ走ってきたのだから、たまにはこんな時間があってもいいのでは?なんて勝手に思ってしまいました。
◆増えた家族と向き合う時間
――1年のうちの半分もまったく営業できないなんて、キツすぎるよね。
「そうなんですけどね~、こればかりは仕方ないですし。強行して営業しているお店もあるみたいですが、自分的にはそれはできません」
――感染対策がしっかりできていて、自治体からもお墨付きをもらっているのに営業ができないとは。
「まあタイミングが悪かったというか残念ですが、店がどうのこうのより早くこの状況が収まってくれることを願うのが先決です。デルタ株やミュー株などの出現で、まだまだ予断を許さない状況なので」
――その点、クロちゃんは普段からちゃんとしてるし暴走することはない(笑)
「いやー、ほんまにしゃーないですよ(笑)。うちだけじゃないですからね。もっとしんどい思いをしている人はたくさんいるはずです。嘆いてもキリがないです」
――まさかこんな事態になるとは誰も予想していなかった。
「そうですね。好きなことを好きなだけやれることに感謝しながら続けてきた5年間でしたが、まさかこんなかたちで突然フェイドカットになるとは思ってもみませんでした」
――ご家族にとっても大変だったのでは?
「それが一番ですね。子どもは10歳と3歳で手がかかる時ですし、家内も仕事をしていますので、平日は自分が子どもたちをみることになりました。今までの生活はどっかへ吹っ飛んでいきました(笑)」
――どんなことがあってもウイルスを家に持ち込むわけにはいかないから。
「感染防止に最大限気をつけながら、今はずーっと子どもたちと一緒です(笑)。やんちゃをして困らせることもありますが、子どもたちに長時間寄り添う時間が増えたことで日々の小さな成長もわかるようになりました」
おうち時間が増えたことでうまくいく人・いかない人で分けると、責任感があるがゆえに確実にうまくいった部類に入る黒田ファミリー。何より子どもたちといると、直面している問題を一時的にせよ忘れることができたのが大きかったようです。「そうすることで事態を冷静に見ることができましたから。まあ子育てには子育てのストレスもありましたけどね(笑)」。向き合っている困難を真正面から受け止めなかったことが、かえってよかったのかも知れません。
◆バーの「守護神」
それとは別に気になったのが何といっても水槽の生きものたち。その筆頭は、カウンターに設置された横長150㎝の特注オリジナル水槽。ブラックモーリー、プラティ、グリーンネオンテトラ、ネオンテトラなどの小型魚が、コロナなどどこ吹く風というように泳いでいます。以前に比べると少し匹数は少ない印象はありますが、鮮やかな色合いはそのまま。みんな元気に泳いでいます。
アマゾン川をイメージした横長水槽は、相変わらずメンテが行き届いていてきれいです。いつお店を開いてもOKな状態。「2~3日に1度は必ず店にきてメンテしています。生きもののことですからね、何が起きるかわかりませんから」。
以前からメンテはしっかりやっていた超几帳面な黒田さん。こんな事態になっても決してバタバタせず、「お客さんがいつきてくれも水槽は万全です。やることを普段通りやってるだけですよ」。文字通りアクアバーをやろうと思ったきっかけになった水槽は、黒田さんの支えにもなっていることは確かです。
このボトルは以前取材に訪れた時からありました。ボトルの真ん中に置かれた小ぶりなクリスタルが印象的で、よく覚えています。スナゴケがダメージを受けることなくしっかり命をつないでいます。「まったく手をかけてないんですけどね。霧吹きもほとんどしていないし、温度にも気を使っていないし。乾燥気味でも大丈夫な種類のコケでもあるのですが、それにしても強いんです」。このボトルのコケも水槽同様たくましい存在。そしてまぎれもない店の守護神でもあるのです。
◆植物は裏切らない
バーでは24時間エアコンが稼働中。その中でも温度や湿度の影響を最も受けやすいのが、アクアテラリウム。カウンターの背後に水槽が3つあります。2~3日に一度は様子を見にきていたのは、ほぼこれらのためだといっても過言ではありません。
メインのアクアテラリウム水槽。苔むしたイメージに欠かせないウィローモスや、どこからかやってきて勝手に芽を出してしまうシダ類、葉っぱにジッパーのような模様があるセラギネラピクタで構成。さらにニホンクラマゴケのなかまやムクムクゴケ、そしてウツボカズラなどなど、バリエーション豊かな水槽です。
黒田さんによると、ウィローモスは発展途上の段階。「まだちょっともの足りないんですよね。5年前はコケを育てるのに失敗の連続で苦労しました。その後は環境に順応してくれたせいか、今ではすっかり安定しています」。この緊急事態宣言の下でも大きなダメージがないのは、5年前の基礎がしっかりできていたからでしょう。
自動ミスト発生装置のある水槽が、幻想的な雰囲気を醸し出しています。ウォーターローン(薄紫の花)やウトリクラリアリビダ(白い花)がしっかり咲いています。「今年はなぜかたくさん咲いてくれているんですよ」。コロナ禍であっても、植物たちはしっかりと命をつないでいます。「いやぁ、逆に励まされますよ(笑)」。黒田さんを支え応援してくれているのは、まぎれもなく魚や植物たちなのです。
シダ類がのびのびと茎を伸ばす水槽。こうした植物のためにも、温度や湿度などの管理のための光熱費がかかります。休業中、自動製氷機や冷蔵庫の電源をオフにすることはできても、アクアに関するスイッチをオフにはできないのも苦しいところ。
今一番の不安といえば、「やっぱり、先が見えないことです。これだけはどうしようもありません」。だからこそ、水槽を常にきれいにしておくのも、光熱費を惜しまないのも、すべてはバーの再開という目標があるから。バーが再開されるその日まで、くじけるわけにはいかないからにほかなりません。
◆見聞を広げた半年間
黒田さんはアクアだけでなく、このような標本類や世界中の珍しい種や木の実などのコレクターでもあります。店内には何やら怪しげなものがいっぱい。
これは乾燥したウニの殻。光に照らされて、まるで美術品のような輝きを放っています。バーを訪れた女性客が必ずといっていいほど注目するほど、ジュエリーテイストのコレクションです。
そういえば、休業期間中に多くの美術館にも足を運んだ黒田さん。「商売とはまったく関係ないんですけどね(笑)。美術品を見たり、英語の勉強を始めたり、今まであまり興味がなかったコケの歴史について調べてみたり。今まで無縁だったジャンルに接してみることで、知識のインプットだけでなく大きな気分転換にもなりました」。日本一幸せな男は、やっぱりマメでした。
空き時間を利用した「他流試合」。それを無駄にしなかった黒田さん。いくら店が窮地とはいえ、そこだけを見ていては決して光明など見えるはずがない、と判断し行動に出た結果です。
視野を外に求めたことが発想の転換にもなりました。「たとえばですが、店にプロジェクターを設置するなどして、コケや魚などについてお客さんにレクチャーする機会をつくっていこうかなと思っています。新たにYouTubeも立ち上げ、自分にしかできないノウハウを積み重ねていくなどして、外部といい距離を保ちつつ情報発信も必要かな、と」。なるほど。これまでのアクア人生で得た経験や知識に、コロナ禍で培ってこれたエンタテイメントテイストをプラスした「ニュークロダワールド」の構築。ほかにもまだ再生プランがあるようですが、大いに楽しみです。
「全体的にみれば、失ったものよりプラスになったことのほうが多かった気がします。何度もメンタルがやられそうになったこともありましたが、また以前のようにお客さんの笑顔が見られる日がくることを考えると、プラス志向でないと」。
獅子は死せども、クロダは死なず。