JR琵琶湖線・長浜駅前に市民の憩いのスペース「えきまちテラス長浜」が誕生してまる10年。物産店や飲食店が営業している中、ひときわ異彩を放っているのが「小さなびわ湖水族館オサカナラボ」です。その名の通り、びわ湖に生息する魚などおよそ300匹を展示。ここへくれば、びわ湖がわかる滋賀県屈指の自然環境施設でもあります。
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◆外来種のトップスリー
水族館のあるところは、建物の1階の一番奥まった場所。市民が思い思いの時間をすごす広々としたフリースペースの前にあります。オサカナラボと書かれたのれん風の演出で、来場者を迎えています。
入場無料。しかも無人展示が基本。開口部が広く入口ドアもない完全バリアフリー。両サイドに置かれた2つの水槽が目を引きます。
1階ロビーには、ほかにも水槽が壁面にビルトイン。
こちらはアメリカザリガニがわさわさ。もちろん外来種。
本当ならモクズガニもいるはずなんですが、この日はご機嫌ななめなのか最後まで顔を現してくれませんでした。
エスカレーター下にも外来種コーナーが。
ラージマウスバス、スモールマウスバス、ブルーギルなど、びわ湖の外来種の代表的な3品種が一堂に展示されているのは、県下でも珍しいのだそう。
もちろんこれらは在来種の敵。びわ湖の生態系を乱す侵略者。最近は少し外来種も減少してきた傾向にあるとはいえ、数的にはまだまだ。びわ湖が平和な環境を取り戻すためには、人の理解と協力・対策なしではあり得ません。
ラージマウスバス。みなさんがご存じのブラックバスは、日本では主にラージマウスバスを指すようです。在来種を絶滅に追いやる嫌われ者ですが、引きの強さからスポーツフィッシングの世界では好まれています。
コグチバスともいわれるスモールマウスバス。ラージマウスバスより口が小さいものの、実は引きが強いというスモールマウスバス。ラージマウスバスとは違う水域を好みます。
ブルーギル。雑食性で水域の汚染にも強く、卵と稚魚を親が守るためほかの生きものに食べられにくいのが特徴。滋賀県北部の余呉湖では、漁協に持ち込まれたものを買い取る取り組みも続けられています。
この水槽は、2年前に水族館がオープンする以前から置かれていました。いわば水族館の原点。オープンのきっかけになった貴重な存在です。
◆びわ湖を救うのはびわ湖しかない
水族館入口には、ミナミメダカの水槽が。緋メダカ、白メダカ、幹之、楊貴妃など改良メダカの原種となっているのがミナミメダカです。
ミナミメダカは、びわ湖では湖岸と平野部に分布。滋賀県では絶滅危惧種に指定され、その存在が憂慮されています。
びわ湖の水系を守ることは、びわ湖の生きものを守ることにもつながります。「びわ湖に棲む生きものを身近に感じてもらうことでもっとびわ湖に目を向けて欲しい」。そんな思いが、水族館をつくる大きなきっかけになりました。
こちらは改良メダカの水槽。一見同じメダカが泳いでいるように見えますが、両者はまったく別物です。
キラキラしていたり色がきれいだったり。パッと見はミナミメダカと大差ない改良メダカ。それぞれを見ていると平和そうなのですが、改良品種を湖や川などに放すと生態系に影響を及ぼしてしまうことはいうまでもありません。
中央に置かれているのは、水族館のメインとなる特大水槽。180㎝。ここには、ゲンゴロウブナ、ギンブナ、ニゴロブナなど主にフナ科の魚がラインナップ。
びわ湖というとついつい鮒鮨を連想してしまいますが、水族館はいけすではありませんので念のため。
びわ湖の沖合に棲む魚ばかりですが、1匹だけ赤い体をしているのがヒブナ。黒いフナから突然変異で生まれました。立派に成長した金魚に見えますが、金魚ではありません。とはいえ、このヒブナが品種改良されて金魚になったともいわれているんですが。
こちらは主に底魚のドンコやハゼを展示。びわ湖は深水湖のため、1年に1度すべての水域の水温が一定になる時期があり、それによって酸素の少ない湖底に酸素が供給されるのだそうです。この現象は「琵琶湖の深呼吸」とも呼ばれていて、深呼吸できない年があると湖底に棲むドンコやハゼに悪影響を与えてしまいます。
ビワヨシノボリはびわ湖固有の在来種。ひたすら湖を回遊し、川に遡上することなく約1年で一生を終えます。最近では、遡上しそのまま川で繁殖するグループも確認されているのだとか。夏の繁殖期以外は目にすることができません。
ここはタナゴを集めたコーナー。湖や池、沼、川などのほか、細い水路など比較的水流の穏やかな水域で水草のあるところにすごします。雑食で小型の水生昆虫や甲殻類、藻類を食べます。
胸ビレが白くてきれいなシロヒレタビラもタナゴのなかま。最も深い場所を好みます。二枚貝に卵を産み付ける習慣があるのですが、昨今は二枚貝そのものが減少傾向にあるためシロヒレタビラの存在も危うくなってきています。
そしてモロコゾーン。びわ湖といえばホンモロコ。もともとはびわ湖の固有種でしたが、山梨県の山中湖や長野県の諏訪湖、東京都の奥多摩湖などにも移植されています。水産資源としても貴重で、養殖や放流なども積極的に行われています。ちなみにモロコという魚はいなくて、モロコといえばホンモロコのことを指すようです。
モロコ類の中で比較的サイズの小さいカワバタモロコ。平野部の小川や湖沼・ため池、用水路に生息しています。このため、冬場に用水路の水を抜いてしまうと生息域を奪われてしまうことにもなりかねないので、生息環境を注意深く見守る必要があります。
メイン水槽の反対側にはナマズコーナーが。こちら1列水槽で完結。
ナマズといえば、何といってもびわ湖の主ともいわれているビワコオオナマズ。日本最大のナマズで、大きくなると120㎝にもなるそうです。おなかが白いのが特徴ですが、この子はまだジュニアだそうです。
特に印象的だったのは、ビワマスのいる水槽。1匹だけゆうゆうと泳いでいます。ここへやってきた当時は合計8匹でした。養殖場にいたことで人慣れしているのかと思いきや、意外と神経質なところがあり結果的にこの子だけが生き残りました。さすがに人慣れしているようで、近づいても怖がるそぶりがありません。
ビワマスはサケ科の魚と同様、生まれた川に戻って繁殖活動を行うため、成魚は10月中旬〜11月下旬に琵琶湖北部の川に遡上し産卵します。人工孵化した稚魚の放流も行われているため、生息数はほぼ保たれているようです。
◆近江淡水生物研究所のマンパワー
水槽オンリーの展示ですが、ほとんどがびわ湖に生息している“天然もの”中心。展示する魚は日々更新され、こんなにたくさんの魚をよく集めたものです。
水族館の運営に携わっているのは、NPO法人近江淡水生物研究所。水族館の管理はもちろん、ビオトープ維持管理や生物多様性に関する講演・イベントを積極的に行うなどして、びわ湖を中心とした環境保全活動を行っているアクアのプロ集団です。
メンバーは元高校教師やアクアリスト、水生動物の専門家、元海洋土木スタッフ、はたまた飲食店のオーナーなどで構成。水族館の構想からオープンまで、それぞれのスタッフが得意分野を生かして力を発揮し今に至っています。
館長を務めるのは向田直人さん。元理科の高校教師。奈良県大和郡山市出身。「近所に養魚場があり、もしかしたら魚好きはそのころからの下地があったせいかも知れませんね」。彦根の高校に教師として通い、今では長浜在住。道の駅などの観光施設の経験も豊富で、現在は長浜バイオ大学のスタッフも務めるなど経歴は多彩です。
びわ湖とは少しテイストが異なりますが、このレイアウト水槽も研究所メンバーの作品。みなさんよくご存じのあのレイアウト水槽コンテストにも出品したそうです。製作期間1カ月ちょいとは驚きです。
なんと、あの葛飾北斎が描いた神奈川沖浪裏の浮世絵をイメージしてレイアウトに反映。大波に見立てた流木がダイナミックにあしらわれています。
「こちらの水槽も同じスタッフが今朝リセットしてつくったばかりなんですよ」(向田さん)。水槽を泳いでいるのは、湧き水のあるきれいな水質のところにしか棲まないといわれているハリヨ。滋賀県内では、養鱒場で知られている醒井の地蔵川での生息が確認されています。
館内にはこんな水槽もありました。ちょっとショッキングな画像ですが、よく見るとニホンイシガメの両手がありません。病気?事故?いえ、そのどちらでもありませんでした。
向田さんによると、「滋賀県でもペットとして飼われていたアライグマが捨てられ、野生化することが問題になっています。この子もおそらくそんなアライグマに襲われたものと思われます」。これも飼育放棄の現実。行き場を失ったアライグマが別の生きものを襲う。びわ湖の生態系だけでなく、こんなところでも生きものたちのさまざまな問題が浮き彫りになっています。
◆ピアノがブルーに染まった日
無人展示を原則にスタートさせた水族館ですが、「今のところ大きなトラブルもなく安心しています」と向田さん。最近はアクアショップなどで心ない子どもたちがお菓子などを水槽に放り込んだりするトラブルが多発し親子のモラルが問われていますが、長浜の子どもたちはお行儀がいいのかも知れませんね。
まさにびわ湖をそのまま持ってきたような水族館。生息エリア別にゾーニングされているだけでなく、学術的にも根拠のある展示を行っているので、見応えは十分。
何といっても、駅前にあるというのがイケてます。長浜というと黒壁スクエアや豊臣秀吉ゆかりの地というイメージが強い観光地ですが、なんのなんの。びわ湖の恩恵をたくさん受けている関西圏からでも手軽に行ける施設として、また北陸新幹線が敦賀まで延伸されればさらに利便性が高まり、アクアファンならずとも注目を集めるに違いありません。
えきまちテラス長浜館内には、水族館のすぐそばにピアノも。もちろん誰でも自由に弾けるストリートピアノ。ピアノの色はブルー。ということは?「はい、びわ湖をイメージしています(笑)」。ここでは「碧いピアノからの環境保全」をテーマに、近江淡水生物研究所主催の各種コンサートが開かれるようになり、市民にもすっかり浸透し人気のイベントとなりました。
市民が気軽に利用できるスペースと隣り合わせの水族館。「もうどこまでがフリースペースで、どこからが水族館なのかわからないでしょ(笑)?」という向田さんの当初の思惑通り、水族館の存在はすっかり市民に定着しています。
水族館のすぐ近くに流れる米川は、長浜城の元外堀。パッと見は用水路にしか見えませんが、地元の人たちはアユが遡ってくることを知っています。その量が一番多いのは10月下旬ごろだそう。
サイズはさほど大きくはありませんが、一気に遡上する時は大量のアユが泳いでいるそうです。一度そんな光景を見てみたいものですね。
陽が西に傾きかけたころ、やっと水族館のトップスリーが揃いました。向田さんを挟んで、右側が山﨑徹さん。地元で焼鳥店を営むオーナーで、あらゆる交渉事を引き受けてきた、数字に長けた理論武装の達人。左側が息子さんの山﨑大輔さん。子どものころ、水族館のスタッフになりたいという夢をマジで実現。現在は広報担当として活躍中です。
びわ湖を愛し、びわ湖を守る。近畿の人たちの思いは、水族館にかかっているのかも知れません。「びわ湖を思う気持ちは同じだと思うんです。身近すぎて忘れてしまいそうになりますが、びわ湖の恩恵を受ける人々が向き合わなければいけない問題はたくさんあります」(山﨑さん)。
びわ湖に流れ込む水も、昔に比べてずいぶんきれいになってきました。「次の課題は在来種が安心して住める環境づくり。うちの水族館が果たす役割は大きいと感じています。今はまだ小さな水族館ですが、いずれはこの建物全部が環境科学館になってくれたら最高ですね(笑)」(向田さん)。
もっといえば、「滋賀県内のJR主要駅の直近施設に小さな水族館をつくりたい」。近畿の水がめ・びわ湖を心底愛するスタッフの夢は大きく膨らむばかりです。