2年前、自宅にほど近い場所で養魚場を開設した藤山陽一さん。繁殖や販売以上に重要視しているのは、魚たちのコンディションにほかなりません。長物の金魚や改良メダカを扱う藤錦養魚場(大阪府吹田市)。徹底管理されたビニールハウスでの飼育を中心に、いいものだけを生産・提供することにこだわっています。その背景には、過去の苦い経験がありました。
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◆2度も命の崖っぷちに
JR吹田駅から北へ約10分少々。閑静な住宅街の一角にある藤錦養魚場は、2年前にオープン。それまで古い家屋の更地になっていた約200㎡の土地が、メダカや金魚の養魚場に生まれ変わりました。営業時はこの看板が目印。
ビニールハウスをメインとした養魚スペース。室内の温度管理はもちろん、水槽やプラケースの水質管理を始め、防犯カメラだけではない各種防犯対策もパーフェクト。セキュリティ保全のためあえて言及は避けますが、メダカを盗もうと思っても絶対無理!セコムしてますから!
オーナーの藤山陽一さんは、初めて東京オリンピックが開催された1964生まれ。アクアが専業かと思いきや、現在も企業コンサルや飲食店などの経営にも携わっている実業家でもあります。もちろん現役。養魚場オーナーから実業家へスイッチすべく、スーツ姿で全国を飛び回ることも珍しくありません。
アクア歴は50年以上。もともとコイの養殖がメインの藤山さんでしたが、「いいことも悪いことも全部見てきたから(笑)」とりあえずコイに関しては終止符を打ちました。ピーク時には数社を抱えるスゴ腕の経営者でもありましたが、数年前に大病を2度経験。いずれも命に関わる重病でしたが、2度とも奇跡的に生還。「それを機に第一線から退いて、会社を若手に任せていくことに決めたんです」。
働き盛りに2度もさまよった死の淵。命なんてあっけないものなんだなとも実感。そんな時、弱冠26歳の若手有望スタッフのM君と意気投合。「彼が何と大のメダカ好きだったんですよ(笑)」。これにピーンときたのが藤山さん。。かくして、メダカを中心としたM君主導のもと養魚場がスタートしたのです。
◆当初はメダカ主体だった意外な理由
ところが、養魚場開設1年もしないうちに突然の病がM君に襲いかかりました。藤山さんと同様、命の危険を伴う状態で緊急入院。「入院してからもう1年近く。もちろん心配ではあるんですけど、彼は彼でここにあるメダカの状態が気になるみたいなんです(笑)」。思いもしなかった波乱の展開。開設後はほぼM君に養魚場を任せようと決めていただけに、想定外の出来事でした。
M君にとっても、大きなチャンスでした。好きなメダカを仕事にできる。働き場所はすでに確保されている。しかも生産も販売も任せてもらえる。メダカに対して強いこだわりを持つM君にとっては、願ってもないチャンスだったからです。
金魚よりも圧倒的に多いメダカのスペースもM君のためでした。
ビニールハウス以外にもメダカのスペースが。
M君さえ戻ってきてくれたら。そんな思いで、M君の帰りを待ちわびている藤木さんでした。「早くラクしたいんですけどね(笑)」。
◆売らない日もある?
ビニールハウス内は、プラケースが中心。浄水器を通じて引き込んだ水道水を個別でろ過し、すべてにエアレーションを。徹底した個別管理です。
生体としては、長物の和金が中心。「コイを長い間扱っていましたから、やはり親近感があります」。ちなみに藤錦養魚場という屋号も、「コイといえばニシキゴイですから」。なるほど、納得。何より、「ほかにはない、質のいいものだけをお客さんに提供しています」。魚はコンディションがすべてだと言い切る藤山さん。コイの飼育で培ってきたノウハウを惜しげもなく投入しています。
「2人とも大病の経験者ですから(笑)。人も魚もコンディションが重要であることは、誰よりもわかっているつもりなんです」。だから、販売する魚も営業時間も、すべて魚のコンディション次第。土日を含めて月に4回養魚場を開放していますが、「コンディションがあまりよくない時は閉めるようにしています」。
◆豊富な水量に恵まれて
ところ変わって、養魚場から歩いて約10分のところにある片山浄水場。このエリアの地盤は粘土質でpH値が比較的高く、湧き出る地下水量も比較的豊富なのだそう。「魚を飼育する環境としてはとても恵まれたいいエリアだと思います」。
浄水場入口近くのバス通りには、なぜか虹ますのモニュメントが。話によると、かつて浄水場の敷地内では豊富な地下水を利用した虹ますの養殖が行われていたそうです。ほかにも水族館や釣り堀などのレクリエーション施設があったそうで、藤山さんも子どものころによく足を運んだとかで、これがコイに目覚めたきっかけになっていることだけは確かです。
水が豊富なことでかつては田んぼも多く、ルーツは「水田」と表記されていた吹田市。藤山さんがこの場所に養魚場を開設したのは、もはや必然というしかありません。またJR吹田駅のすぐそばにビール工場があるのも、水が豊富な理由のようです。
◆ミジンコ不要論
水の環境が整えば、次はエサ。養魚場では、金魚・メダカに関わらずほぼ同じものを与えています。しかも1種類ではなく、2種類以上を藤山さんが独自に細かく配合。どのメーカーとどのメーカー?「それはナイショです(笑)」。これまで培ってきた経験がモノをいう魚飼育。ぜひ見習いたいものです。
エサがメダカにとって大きすぎる場合は、家庭用ミキサーを使ってさらに細かく粉砕。「大きさが魚の口にさえ合えばいいんです」。要は中身。
養魚場では、ミジンコは一切使わない主義。ブラインシュリンプもNG。これは意外でした。「小さいうちから生きたエサを与えていると、共食いの可能性がぐんと高まりますから。それに、共食いグセもついてしまう。共食いは当たり前だと思っちゃいけない。第一、可哀相だし」。命の重みを知る藤山さんならではの飼育思想がここにはあります。
バクテリアについてはどうなんでしょう。これも1種類ではなく、数種類をブレンドしたものを飼育水に投入するのだとか。どこのメーカーのバクテリアを?「うちへ来てくださればお教えしますよ(笑)」。見ているとかなり複雑。この芸当は見て盗むしかありません。
メダカ用のプラケースが場内にはたくさんありますが、天候や気温によってバクテリアの発生頻度も変わってくるのだとか。そんな微妙な変化も毎日チェックして見逃さない藤山さん、これもコンディション重視のノウハウのひとつなんでしょう。
ちなみに、とあるメーカーがつくったダンゴ状に固められた個体式バクテリアは、1個で1tもの飼育水に対応できるのだとか。ちなみにプラケースで使われている水は約800ℓ。「大事ですよ、コストパフォーマンス。エサもバクテリアも色々なメーカーから販売されていますけど、個人的には、エンドユーザーに近い立場にいる養魚場がメーカーと共同開発されたものがいい気がします」。
◆2人にこだわりがありすぎて
自作のメダカ用産卵床。通常は8枚なんですが、「あの子(M君)に、8枚では少ないから12枚にしてくれと言われたんです。そんなん変わらんやろと言うたんですが。めんどくさかったけどしゃーない(笑)」。4枚増やすだけで産卵の量がかなり変わる。M君、入院中でもメダカに関してこだわりがあり、おいそれと黙ってはいられないようです。
高さが変えられる産卵床。同じ品種のメダカであっても、好きな高さがあったり品種ごとに好きな高さが違ったりするのだそう。「個性なのかそれが品種ごとの特徴なのかよくわかりませんが(笑)」。M君のこだわりもあり、必ず数種類の産卵床を入れるようにしています。
衣装ケースのように見えるオーバーフロー式プラ水槽。ベランダなどで威力を発揮しそう。「メダカは飼いたいけど、水替えが面倒だからとよく言われるんです。だから自分でつくっちゃいました(笑)」。なるほど、これはよさげ。メダカ用だけでなく、ほかにも流用できそう。
藤山式オーバーフロー水槽は、スタッキングもOK。シンプルな構造ながら、よく考えられてます。ユーザーがいいと思うものは、商品開発だってやぶさかではない藤山さん。今ユーザーは何を求めているのか、普段からしっかり意見を聞くことにしています。「魚も用品もユーザー目線でないとダメ。売りたいものをつくってるようじゃ、アクアは広がりませんよ」と手厳しい。
兵庫県の山奥には藤山さんが管理する野池もあります。魚のコンディションを追求する時、自然環境で飼育することは大きなアドバンテージ。「養魚場を開設した当時は、何度大阪と往復したことかしれません。いいものを提供するためには、それくらい当たり前だと思っています」。養魚場のスタンスではあるけれど、仕入れ先としての機能も重要視する藤山さん。コンディションにとことんこだわるのは、こんなことも自信のひとつになっているのでしょう。
意外にも家族連れのお客さんが多いそうです。人気なのは水槽内を泳ぐ金魚たち。水槽なら横見の金魚もチェックすることができます。「子どもたちには、金魚飼育を通じて命の大事さを知ってほしいですね。これだけは体験してみないと、身につきませんから」。楽しい、可愛い、だけが生きものの飼育じゃない。藤山さんの教えは、誰もが訪れる哀しい体験を自らさせようという厳しい教えでもあるのです。
単なる金魚すくいではなく、高級金魚すくいも人気。これは大人たちも喜びそう。
だからいつもここにポイが準備されているのですね。
◆悩みのタネばかり
目下、悩みのタネはアライグマ。セキュリティは万全なのに、人間にはできない芸当で、高い塀でも難なく越えて侵入してきたことがあるのだそう。「防犯カメラをあとで見たら3匹もいました(笑)」。親子だったんでしょうか、さすがにこんな家族連れはお断りしたいですよね。
ここを引っ掻いて侵入した形跡が。
仕掛けもあるのにまだ未解決事件。どうか事件が頻発しませんように。
それより何より、「早く元気になって戻ってきてほしいです」と、M君の帰りを心から待ち望んでいる藤山さん。そして、もし過去に苦い経験がなかったらこんなに魚のコンディションにこだわっていなかったかも知れない藤山さん。
M君!ほくたちもキミの帰りを待ってるよ!金魚一同より。