「まるで水族館のよう」。ほの暗い照明演出で魚たちがゆうゆうと泳ぐシーンをこう表現することが少なくありませんが、今回ほどジャストフィットするスポットはありません。ここは水族館のよう、ではなく水族館そのもの。南の海に棲む希少な海水魚たちが、ブルーの光に照らし出されてフューチャー。客寄せのためのアクア演出や業者まかせではなく、すべて自前。全国にも類をみない海水魚中心のアクアリウムカフェ&バーではありますが、オーナーの家形征希さんにとってここはゴールではなくまだ夢の途中でした。
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◆350匹以上がパフォーマンスする「街の中の水族館」
多くの人でにぎわう河原町三条から東へ入ったところに、アクアリウムカフェ&バーがありました。河原町通りから少ししか入っていないのに、急に訪れる闇夜の静寂。まるで太陽が照りつける情熱的な海面から、光のない神秘的な深海へ引きずり込まれたような錯覚こそ、お店のプロローグでもありました。
別名「京都街なか水族館」。カフェ&バーというより、アクアショップそのもののたたずまい。このユニークな店構えだけでも、このお店が単なる演出で水槽を置いているわけではないことが伝わってきます。
ん?こんなところにバス停なんてあったっけ?しかも「南国」って?ああ、海が大好きな家形さんの想いをバス停風に託したんでしょうね。「いえいえ、すぐ近くのラブホの名前なんです(笑)。うちのバーで女の子を口説いた男子の目の先にあるのは、ラブホ。。。なんて遊び心ですよ~」。これって、ある意味ラブホさんの販促に貢献してます(笑)
足を踏み入れると、そこはまさに南の深海。手前に、向こう側に、その奥にも水槽。ほの暗い照明演出が、限りなく海に近いブルーを創出。話には聞いていましたが、昨年ご紹介した爬虫類カフェといいこのカフェ&バーといい、まさか古都・京都にこんなスポットがあっただなんて意外すぎました。
店内の水槽には、海水魚や熱帯魚など150種類・350匹以上。また、アクアのあるカフェ&バーとしては珍しいタッチプール水槽も。こんなラインナップは見たことがありません。
一番奥にはカウンター席。ちょっと格好つけて、エンゼルフィッシュをながめながらマティーニのグラスを傾けるのも悪くないかも。それより、「マスター、いつものやつ」とオーダーするのが今時のイケてるオーダーなのかも(笑)
壁面にビルトインされた大型水槽や120センチの横長水槽、15センチの小型水槽など、さまざまなサイズの水槽がラインナップ。それぞれの水槽には、それぞれの生体に見合った環境が整えられています。南の海に棲む魚たちを水槽によって「再現」している場でもあるのですが、お店の主役はあくまで魚たちです。
カウンター以外に、複数の水槽で囲まれた個室風のスペースも3つほど。気の置けない女子会だったり、カップルが愛を熱く語ったり。つまり、店内のどの場所からでも魚を観察することができるというわけです。それぞれの時間の過ごし方については、みなさんの妄想におまかせします(笑)
店内に広がるブルーの世界。ここはまるで海のよう。まさにBlue fishという店名そのものです。
気持ちを落ち着かせたり、睡眠を促進させたり。あるいは、集中力を高めるのにも効果があるといわれるブルー。まさにカフェ&バーとしてはうってつけの好環境。そこに魚たちの動きが加われば、さらに癒し効果は絶大です。「何より、女性を一番美しく見せるのも、ブルーの照明だといわれていますから(笑)」。
ここは現実と愛欲の狭間の空間。それを演出するブルーという色彩心理。いつまでもこの場所にいたくなってしまいます。
◆趣味ではなく本気で海水魚を
かつてはアパレルの会社勤めだったオーナーの家形さん。在職中に先輩社員の自宅でみた熱帯魚に心を奪われました。「毎日早朝から深夜まで過酷な職場環境で働き、余裕のない生活でした。癒される時間も場所もない毎日でしたが、水槽で泳ぐ魚を見ていると、なぜか心が癒され時間も忘れて見入ってしまったんです」。京都木屋町に最初の店を出したのが23年前、弱冠30歳の冬でした。
なぜまた海水魚を?「目指したのは水族館のイメージでした。水族館では一般的に海水魚がメインですし、色のきれいな海水魚に興味を引かれたんです。ブリードやエサの影響によって色の出方が変わる淡水魚と違って、海水魚は何もしなくてもきれいな色を出してくれますから」。いえいえ、何もしなくてこれだけの魚が好環境で維持できるわけありません。
驚いたことに、海水魚飼育に関してほとんど独学という事実。それでなくても海水魚は難しいといわれるジャンル。店をオープンしたころ、ある水族館に海水魚の飼育方法について一通の手紙を出したことがありました。すると返ってきた答は、短期飼育が目的なのか、自然繁殖までを視野に入れた長期飼育が目的なのかという問いかけでした。つまり、趣味程度なのか本気なのかということでした。「そこで気づいたんです。自分が目指していたのは趣味の延長ではなく、海を再現した癒しの場所づくりなんだと」。これこそ、まさに水族館そのものでした。以後、全国の水族館をくまなく回る日々が続きました。イメージだけの水族館ではない、長期飼育を視野に入れた生体展示の場所づくりという明確な目的に向かって。
これまで視察してきた水族館は、全国何と30カ所以上。バンクーバーやハワイの水族館など海外にも足を運びました。そのうちに学芸員スタッフとも親しくなりましたが、やるのはあくまで自己責任。「うまくいかなかったことも数えきれないほどありました。アクアショップなどのアドバイスも参考程度にしておかないといけないですし、結局は自分の責任なんです。どれほど本気になれるか、なんです」。独学だったからこそ経験した、失敗や成功。それらはすべて大きな自信になりました。その姿は、もはやカフェ&バーのオーナーではありませんでした。
ダイビング経験も多々。「海水魚目当てのダイバーのお客さんが多くて、どうしてこんな魚の組み合わせ?と聞かれることがよくあったんです。海の中ではありえない組み合わせだとも。なるほど、と思いました。ならば自分の目で確かめたいとダイビングを始めたんです。海の世界をリアルに再現したかったんです」。白浜や串本、沖縄の慶良間諸島や粟国、那覇・北谷近辺、宮古島、黒島、石垣島などにも足を運び、ハワイやサイパン、テニアンのほか、青の洞窟などの海外の海にも潜りました。水族館視察と南の海ダイブ。こうして、何のしがらみもなく水族館関係者やダイバーの意見を素直に取り込むことができました。そして、アクアという固定観念がなかったことも功を奏したのかも知れません。(写真はいずれも家形さん提供)
◆ダイバーたちも脱帽する「品揃え」
今やダイバーたちも認めるアクリウムバー。一体どんな魚たちが棲んでいるんでしょうか。まずはニシキテグリ。これを見るために海に足を運ぶダイバーでも、めったに遭遇できない品種とのこと。警戒心が強いのか、この日も岩場の陰に隠れてなかなか出てきてくれませんでした。
アケボノハゼ。ハタタテハゼよりもっとカラフルで20〜70mくらいの海底を泳いでいるハゼ。ニシテグリ同様警戒心が強く、現地の海ではダイバーでも探すのに苦労するそうです。ちなみに、皇太后美智子さまが皇后さまの時代に名付けられたことでも有名です。
ご存知チンアナゴ。普段はそんなに出てきませんが、エサのブラインシュリンプを与えると砂からニョッキニョキ。まるで街のイルミネーションを楽しむカップルのようなたたずまいでした。
チンアナゴと同じ水槽で同居中のカエルアマダイ。自分の目線と同じ高さで人と目が合うと、警戒して巣穴から顔すら出しません。目線をカエルアマダイより低くしてじっと待ちましたが、今回はこれが限界でした(笑)。まるでお月見をしているようなカエルアマダイに注目。
誰もが知っているタツノオトシゴ。メスがオスのおなかに産卵して、オスがお腹の袋の中で卵が孵化するまで面倒をみるというおしどりフィッシュ。尻尾を水草に絡めてユラユラしている姿がじっくり楽しめます。
カウンター奥の水槽は、ルリスズメダイのほかミヤコテングハギ、モンツキハギ、ヒレナガハギ、テングハギ、ツマリテングハギ、ヒメテングハギなどハギがメイン。見どころは、水槽内で大きく育ったミツボシクロスズメダイ(水槽真ん中やや右の黒っぽい魚)。海の中でもめったにこの大きさに出会わないほど、しっかり育ってくれています。
客席の背面にビルトインされた水槽では、リゾート地などで比較的浅瀬の海で楽しめる海を再現しました。手前からデバスズメダイの群れをメインに、真ん中の水槽にはウツボ水槽が。その奥には最後はエイ水槽。トビエイとアカエイがいます。
サイパンのディンプルというポイントをイメージした水槽です。黄色と白のチョウチョウウオ。カスミチョウチョウウオがメインです。このほか店内には、ニシキヤッコ、東アフリカに棲むナンヨウハギ、10年以上生きているカクレクマノミもいます。
カウンターのすぐ横の水槽は淡水魚オンリー。小型のカラシン系が中心の水槽。ラスボラ、ネオンテトラ、カージナルテトラ、ラミーノーズテトラ、ブラックファントム、レッドファントム、ミッキーマウスプラティなど。そして世界最小の淡水で飼えるフグのアベニーバッファもいます。
おお~、キミもいたか(笑)
◆エサやり体験もできる店内アトラクション
ここでエサやりタイム。店内では随時こんなアトラクションも楽しめます。ウツボには家形さん自らがアジの切り身をドカンと投入。豪快にパクパク食べてくれましたが、海のギャングといわれるわりには静かなディナータイムだったような気がします。つい数日前にエサを与えたばかりだからなのか、人が思っているより食の線が細いのか。ちょっと不思議な気がしました。
続いて、タッチプール水槽にいるシロボシテンジクザメ。これも家形さん自ら。エサはウツボと同じアジの切り身。気配を感じたのか、体を半分くらい出して泳いだりしていて、思わずジョーズを連想してしまう昭和世代でした(笑)
ハリセンボン。といっても漫才師ではありません(笑)。ここからはキワメテ女性スタッフが参戦。目の前でエサのサクラエビを見せて気づかせてやればうまくやれるとのこと。3回目でやっとサクラエビをゲットしてくれました。
ニホンイシガメに金網越しでスティック状のエサを素手で。おなかがすいているのか、エサのにおいにだんだんヒートアップしてきて、ついにはスタンディングギブミー(笑)。「大丈夫です。噛まれてもさほど痛くありませんから」。いやー、そんな気はしないんですけど(笑)
ご存知ドクターフィッシュ。こんな体験ができるカフェ&バーはなかなかないと思います。皮膚の角質を食べることは誰もが知っていますが、実は生後2年をすぎると肉食に移行するのだとか。しかも角質ばかり食べていると栄養が偏り、普通のエサを与えないといけないそうです。ドクターフィッシュはエサ代がかからない、というのは真っ赤なウソでした(笑)
◆夢の続きはすぐそこまで
わお!トイレで目が合っちゃいました(笑)。店内には魚だけかと思ってたので、ガラス越しにいたインドシナウォータードラゴンにビックリ。しかも、これでも子ども。子どものころは丸みを帯びたかわいい顔つきをしているのに、成長するにつれてシャープな顔立ちになり、背中のトゲ(トサカ)が大きく発達して60~90センチにまで成長するのだそう。子どもと大人の姿があまりにも変わるため、子どもから飼育することで成長過程を楽しむことができるのだそうです。
店内には、ほかにレインボークラブやメキシコサラマンダー(ウーパールーパー)、ジーベンロックナガクビガメなどなど、魚類以外の生きものもたくさん生息中。水族館というより動物園にもなりつつある様相です。
実は家形さんには、夢の続きがあります。それは、移動水族館を本格的に始動させるということ。超・水族館を目指すべく、ブループラネットの名のもと、プロジェクトはすでにスタートを切っています。「移動図書館やキッチンカーのように、アクア専門の大型車両を使って本格的に稼働させたいんです。3月にはクラウドファンディングを行う予定で、これが実現したら子どもたちの絵をラッピングして、世代を超えた多くの人にアクアの素晴らしさを全国に伝えていきたいんです」。
これまでも、ダイビング関連のイベントや子ども向けに海水魚展示を数多く手がけてきた家形さん。独学でスタートしたアクアでしたが、今や海水魚の移動水族館に関してのノウハウも身につき、全国からの引き合いに期待したいところです。(上/BLUE OCAENFES KANSAI2019、下/びわ湖競艇場移動水族館、いずれの写真も家形さん提供)
かといって、店をやらないということではありません。メニューや営業時間を変更することはあっても、誰もが水族館を楽しんでもらえる空間づくりに研鑽していく気持ちに変わりはありません。同業者歓迎。同じ夢を持つ人も来店OK。アクアに携わるすべての人がイメージしやすいショールーム的な場所にしていくのが理想です。
◆驚きの「秘伝の海水」
ほんの少し、海水魚飼育のポイントを教えてもらいました。たとえば、生息環境を整え無理な密度で飼育しない。そしてエサを与えすぎない。大事なのは水。水温やバクテリアの量も大切。「何より、海水をつくることを簡単に考えないことです。よく現場で海水をつくることを耳にしますが、いくら海水だといってもそんな即席海水に入れられた魚たちは、たまったものじゃない(笑)。なので、イベントなどで持ち出す時は店の水槽の海水を持っていくようにしています。そうすれば、魚たちは弱らないし大丈夫なんです」。なるほど、ウナギのタレやラーメンのダシのように、「秘伝の海水」があってのアクアでしたか(笑)。アクアという枠を超えて南の海を知り尽くしているだけあって説得力があります。
すでに何度もイベントで使用している、KOTOBUKIの水槽とフィルターとライトの3点セット。持ち運びが便利で、しかもろ材が追加できるタイプのフィルターなので、外へ持ち出すにはとっても便利ですよ、というのが家形さんイチオシの理由。さらに、「KOTOBUKIの水槽はどれも丈夫なんです。搬出・搬入時間が決められているイベントなどでも、少々手荒に扱っても割れたりはしませんから(笑)。そういう点では、信頼がおける水槽だと思います」と。今後移動水族館が本格化したら、すべて同じKOTOBUKIの水槽3点セットでシステマチックにパフォーマンスしてくれるかも(笑)!
自ら潜って知った海の中の世界。その環境を再現するための空間づくり。ダイバーならずとも、人の目をも捉えて離さない神秘的な魚たち。水族館というにはコンパクトサイズな空間でありながら、見たい魚のオンパレード。タツノオトシゴもチンアナゴも、ほかの魚と仲良く同居している水槽を見ていると、自分も海の中にいるような奇妙な錯覚になるから不思議です。
気持ちを落ち着かせるブルーのライト、ゆらゆら揺れる水面の動き、自由に動き回る魚たち。じっと眺めているだけで、時間に追われてばかりの生活から心も身体も解放されるひととき。2月7日で、記念すべき23周年。街なか水族館がこよなく人々に愛されてきたのは、かつて家形さんが先輩社員の自宅で初めてアクアと遭遇した瞬間を、今も忘れないでいるからに違いありません。
★ブルーフィッシュアクアリウムのホームページはこちら