前半に続いて今回ご紹介する2軒目は、まさにビックリ仰天プランから生まれた水族館。オープンは2年前ですが、元々は100年以上の歴史がある元小学校。いわゆる廃校の有効利用でした。しかも全校舎まるまる使って水族館にブラッシュアップしたケースは、全国でもここだけの快挙でした。廃校時には小学生がたった3人しかいませんでしたが、今では多くの海の生きものを受け入れることで完全復活。館内はお腹いっぱいになるくらい学校感が満載。子どもからお年寄りまで楽しめる昭和な施設として、見事に息を吹き返しました。
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◆アテンドは元気なウミガメ女子
建物だけを見ると、廃校時が想像できないほどピッカピカ。それもそのはず、数十年前に本格的な耐震工事が施されたのちに、皮肉にも廃校が決まってしまったからなんです。なので、水族館そのものは耐震性もバッチリ。
これが元小学校の正式名称。たとえ廃校になっても、100年以上の歴史には敬意を払うべきとの思いが込められています。
いきなりスタッフ紹介。(左から)かな口喜仁さん(広島県出身)、田平海奈さん(宝塚市出身)、田中優衣さん(愛知県出身)、岩崎木綿子さん(三重県出身)。ごらんの通りオール他府県出身者ばかりのピッチピチ。みなさんこの仕事が大好きで、何をやるにもエネルギッシュで、まるで大学生のノリのようなポテンシャル。今回のアテンドは主任学芸員の田中さん。大学で海洋研究に携わり、卒業後は沖縄でウミガメやサンゴの研究に取り組んできた、超明るいウミガメ女子でもあります。
ここはあくまで学校。入場ではなく登校。スタッフではなく職員。「小学校といえば、まずは下駄箱ですよね(笑)。そんなイメージで下駄箱っぽい書棚をつくってみました。たまに本気で靴を入れてしまう人もいるんですよ(笑)!」と田中さん。とにかく元気でよく笑うスタッフ、、いや職員さんです(笑)
◆昭和の学校遺産がざくざく
出席簿あり、人体模型あり、視力検査器あり。これらはすべて廃校となった近隣の小学校から寄贈されたものばかり。思わず立ちどまって、昔はあーじゃこーじゃと昭和生まれにとっては懐かしいアイテムばかりですが、すべて貴重な学校遺産なんです。
細長い手洗い場に遭遇。給食前や体育授業のあとは、われ先にと手洗いやうがいを競い合ったものです。今はタッチプールに生まれ変わりました。なるほど、低学年用の手洗い場だったのでしょう、子どもたちが魚に触れるにはちょうどいい高さ。
イセエビやアサヒガニ、ナマコ、ヒトデなどがいます。「どれも美味しそうでしょ(笑)!?」。コレコレ田中さん、それを言っちゃあオシマイよ(笑)
最初に踏み入れたところはまさに教室。今にも子どもたちがドドドッと入ってきそうな気配すら漂っています。ある意味フリースペース。くつろぐもよし、インスタ用の撮影もよし、ドラマや映画のロケ地としてなおよし。外国人観光客からは、オー!マルデ「ちびまる子ちゃん」ヤ「ドラえもん」ノセカイノヨウデスネ!と大好評だったとか。
お正月に来場、、じゃなくて登校した子どもたちが記念に書いた書き初めが並んでいます。しかも普通の墨でなくイカスミで書いたのだとか。やることがさすが水族館。スミが乾かない時には、さぞかしあのいい香りが漂っていたことでしょう(笑)
こんなのもありましたね~。社会科授業の必須アイテムでした。世界地図から四国西部の地図まで豊富なラインナップのタペストリー。懐かしげに地図を見て触れていると、「素材が分厚くできているので、日除けにもちょうどいいんですよね。これで一石二鳥です(笑)!」とケラケラ☆してやったり顔の田中さんでした。
クラスで誰が一番運動神経がいいかが問われた運動器具・跳び箱。数えてみると8段ありました。いくら助走でスピードを稼いでも、跳ぶ寸前にビビッて手をつく位置が手前すぎたら絶対にお尻をガツン。クラスのみんなが見ている前でドジった時は、目から火が出るほど恥ずかしかったものです(笑)
そんな懐かしい昭和の思い出もどこ吹く風(笑)。今跳び箱を使っているのは、ビルトインされた水槽で泳ぐ金魚ちゃんでした。
あー、これOHP!算数の授業なんかでよく使われていました。ただ、光が屈折したりビニールが歪んで投影されたりで、実際のところ先生も機械のことがよくわかってなかったような(笑)
今は機械の中にメダカとテナガエビが泳いでいます。まさかこのまま魚を黒板に投影はできないですよね(笑)。こんなふうに館内、、いや校内にはお宝がどっさりあって話題に事欠きません。しかも、それらを無駄にせず水族館らしいテイストに活用・アレンジされているのには感心しまくりでした。
◆主役を立派に務めるエイたち
さてここからは雰囲気が一転。めっちゃ水族館っぽい。当然ですが(笑)。さっきまでの昔懐かしいシリーズはひとまず置いといて。かつて廊下だった部分に横長水槽がズラリと並んでいます。
タツノオトシゴやハナミノカサゴやミノカサゴ、ウツボ、ハリセンボンなどなど、海の人気者たちのオンパレード。魚たちが黒バックに映えます。SNSにアップするべく撮影する人やカップルたちの人気スポットでもあります。
群れをなして高速遊泳中のゴンズイ。話には聞いたことがありますが、これがいわゆるゴンズイ玉ってやつ。この魚って、刺されたらめっちゃ痛い危険野郎(笑)。しかもこんなに群れて襲われたら、たまったものじゃないですよね。顔見たら結構可愛いのに(笑)
かつて教室だったスペースのセンターには、円柱水槽がデンと置かれてアオウミガメがダイナミックにバッシャンバッシャン。深さは5mくらいはあるでしょうか、こんな大きな水槽をよくぞ埋め込みました。
アオウミガメは、すべて地元の定置網漁の網にかかったものばかり。よく見ると観察用のタグが付けられています。単に水族館用として飼育するだけではなく、生態調査も兼ねているので、将来的には海に帰す予定です。
密です密です(笑)!ソーシャルディスタンスを無視してウミガメとこんなに近くになれるなんて感激です。
こちらの水槽には去年産まれたばかりの幼体が。「この時期、野生ではカリフォルニア半島ですごしているんです。生まれたばかりの小さな体で、大海原を泳いで行くんですよ~!」と、さすが元ウミガメ研究員の田中さん。
太平洋では、手の平を甲羅に乗せて水面をプカプカ浮いているだけの時もあるそうで、「木の葉のように見えるよう、ちゃんとカモフラージュしてるんです!」。ウミガメの話になると俄然テンションが上がる田中さんでした(笑)
この日は保育園児の姿も。さまざまな海水魚がいる第2の円柱水槽は黄色い声でいっぱい。
あの子もこの子も、お目当てはエイ。エサ欲しさにペタペタやってくるエイの愛くるしい顔は、園児たちにとってもはやアイドル。「ほかの水族館ではイルカやアシカが人気ですが、ここではエイが絶対的エースなんです!ふだんは脇役のエイにスポットが当たって、エイもうれしいと思います!」(田中さん)。
逆にエイと一緒に泳ぐツバメウオやセミホウボウがすっかり脇役になってしまってショボ~ン(笑)
◆骨格標本と理科室の午後
さっきまでのにぎわいが嘘のように静まり返った理科準備室。小学校だったころは、ビーカーやフラスコ、アルコールランプなどが置かれていたと思われるケースには、クジラやウミガメ、シュモクザメなど多くの生きものたちの骨格標本がたくさん納められています。
ウツボの標本。これをみると、ウツボがいかに骨の多い魚かということがわかります。
草食のアオウミガメに比べて肉食のアカウミガメのほうがアゴが発達し頭が大きくなっている様子も、頭蓋骨の標本でよくわかります。
続いて理科教室。実験用具などを洗っていた教壇横の手洗い場には、メダカがスイスイ。決して場所を無駄にはしませんね~(笑)
生体ではカワムツやウグイ、スッポンなどが、標本ではアカウミガメの無精卵やオサガメの食道など、どれをピックアップしてもめったに見られない珍しいものばかりでした。
おお~、スッポンの水槽がまさかのKOTOBUKI(笑)。先日の徳島県海陽町「島のちいさな水族館」に続いて2度目のご対面となりました。少し前世代の水槽ですけどね(笑)
「あ、KOTOBUKIさんの水槽ならこっちにもありますよ~」と気を利かして田中さんが指差した2つの水槽は、ラウンドフォルムがおしゃれなAQXTでした。いずれもシリーズのフィルターとセットで稚魚を育成中。はい、こちらの商品は最新カタログにも載っております(笑)。田中さんによると、廊下に向けて展示できる手頃な水槽を探していたらAQXTにたどり着いたのだそう。「めっちゃ探したんですよ~、ホームセンターやショップに何度となく足を運んで。とってもおしゃれな水槽だし、もっと欲しいなぁ~」ですって(笑)
理科教室前の廊下にも、ムツエラエイ、カエルアンコウ、ハマフグ、ウツボ、タツノオトシゴ、マンソデカラッパ、モンガラカワハギ、シマガツオ、イシダイ、カゴカキダイといった標本がたくさん並んでいます。
◆プールにウミガメを泳がせたかったから
屋外プールに目をやると、アカウミガメとアオウミガミたちが10匹。こんな光景、間近で見たことがありません。しかも、なぜかそれぞれが適当な距離を保って並んでいます。さすがにマスクはしていませんが(笑)
「プールでウミガメを泳がせたい」。水族館として有効利用することが決まったのは、関係者のこんなひと言がきっかけでした。もちろん地元市長もやる気満々。ところが運営の主体がNPO法人だったこともあり、極力予算を抑えることは必然でした。
〈プロジェクトXふうに〉配管工事には莫大の費用が必要だった。バックヤードというものもなかった。淡水に関しては循環濾過方式だが、海水だとそうはいかなかった。そこでアイデアマンの若月元樹館長は考えた。「海が近いんだし、配水をシンプルにしてそのまま海水を引き込んでくればいいじゃん」と。神風が吹いた。かくして実現したのが、「海水かけ流し」という方法だった。。。
ん?かけ流し?前半でご紹介した「島のちいさな博物館」でも同じような言葉が飛び交っていたような。一体誰が考え出した言葉なの?「さあ~、私も知らないんです~」と首を90度近くまで傾けた田中さんでした(笑)
高学年が使用していたと思われる25mプールには、ハナザメ、アカシュモクザメ、エイ、サバ、マアジ、クロメジナ、ボラ、カラスエイ、エイラクブカなど。さっき見た円柱水槽と違って、隠れることばかり考えているエイ、ジョーズさながらに背ビレを水面から出して泳ぐサメ、群れになって泳ぐサバなど、ここはまさに四角い太平洋でした。
◆漁師のプライドにかけて
それにしても、よくこんなに多くの種類の魚が集められましたね。「ぜーんぶ地元の漁師さんのおかげなんです!近くに3つの漁港があるんですが、定置網に間違って入ってしまった魚があれば、無償提供していただいているんです」。それは心強い。それまでは、仕事柄売れる魚しか興味がなかった漁師さんたちでしたが、お金にならないものにも価値があることを理解してくれるようになりました。全国でどこかの港で珍しい魚が獲れたというニュースが流れると、オイラだって!と発奮したに違いありません。
魚はほぼ毎日現物支給。「あすつく」や「プライム」よりも断然早い(笑)!「朝早くLINEで連絡がくるんですが、今日も珍しい魚が採れたよ!って。うれしくてすぐに起きて港まで取りに行くんです。今では毎朝漁師さんからのハッピーなLINEが楽しみになりました(笑)」。廃校の有効活用ならぬ、LINEの有効活用。今日一番の笑顔の田中さんでした。
中には、学芸員実習で漁師の仕事に興味を持ったスタッフたちが実際に漁師になったケースも。それを知った県外の若い人たちが、漁師を目指してやってくることも。これぞB to B。日頃お世話になっている漁師さんたちに、こんなかたちでお返しするなんて今時の若い人たちは決して侮れません。
オープン前はさまざまな否定的な声もありましたが、漁師さんとの連携プレーは一層強くなっただけでなく、地元の人たちが生きものの剥製をたくさん寄贈してくれたり、バス停に施設名がつけられたり、わずか2年間で地域との絆はより強くなりました。
そんな甲斐あって、オープン当初は絶対無理といわれていた年間入場者数の目標4万人をたった4カ月で達成。その年は17万人達成することができました。現在では平日は1日平均約100人、土日は約500人、年末年始は1,000人以上が訪れる、胸を張れる人気スポットとなりました。
地元の人たちの力強い支援。漁師のプライドをくすぐる存在にもなった水族館。限られた予算だからこそ知恵を絞れるとポジティブ思考のスタッフマインド。立場や世代が違っても、思いはたったひとつ「お客さんに喜んでもらいたい」。年中無休。毎日が参観日の水族館、ぜひご来館、、ではなくご登校を(笑)
ふと校舎を見ると、廃校時はゼロになったツバメの巣が、今は3つも。あえて人が住む近くに巣づくりに励むツバメ。ツバメが戻ってきたということは、学校として認められた証拠でもあります。むろと廃校水族館にはさまざまな生きものがいますが、一番居心地がいいのはもしかしたらツバメたちなのかも知れません。