令和2年最初の取材は、久々の関東エリアショップ紹介から。訪れたのは、埼玉県川越市氷川町のグローバルフィッシュしんせつ。かつてはアイスクリームの卸やドライアイスの販売を手がけていたこともあるというユニークな経歴。柔道という共通の武道が絆を強めてきた父子関係。原価意識が高いからこそできる豊富な品揃え。時代に迎合することなく、アイデアやブームに走るわけでもありません。アイスクリームのように決して甘くない時代ではありますが、アイスクリームのように溶けて流れる心配も皆無です(笑)。
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◆埼玉県最大級スケール
川越市中心部から約4キロ。田園が広がるエリアの県道川越上尾線沿いに店舗がありました。明るいグリーンで統一されたメルヘンチックな建物は、確かにアイスクリームを扱っていた過去を物語っているかのよう。
アイスクリームは、先代オーナーが昭和30年代ごろに始めた事業でした。なぜアクアではなくアイスクリームだったのでしょうか。その理由を現オーナーの栗原文雄さんに聞いてみると、「儲かるから(笑)。それだけだったみたいですよ」。当時のスイーツとしては大人気。案の定、得意先を海外旅行に連れて行けるくらい売り上げは急増、需要は右肩上がりでぐんぐん伸びたそうです。現在の屋号「しんせつ」は、当時からの「新雪」をそのまま引き継いだものでした。
昭和50年代に入って、本業とは別に釣り堀を始めたのがアクアとの出会いでした。さらに釣り堀と並行して鯉や金魚の販売を行ったところ、これが当たりました。空前のアクアバブルも追い風となり、当初の1年間の売り上げが何とわずか1カ月たらずで達成。これはいけると超実感。平成4年9月、アクアショップとして正式オープンしたのでした。
店内面積は396平方メートル。全国的にアクア激戦区といわれる埼玉県の中にあって、これはまさに県下最大級の広さ。駐車場も50台のキャパがあり、そのせいでしょうか関東以外からの来店も多いようです。
◆オープン当初掲げた理想は「水族館」
幹線道路に面した南向きの店舗は日当たりもよく、良好。特に用品エリアは明るくて開放的な印象を受けます。聞いたところによると、正式オープンするのを機に、これまでより2倍の広さにまで拡張したそうです。
オープン当時の様子が、当時のアクア専門雑誌にも。読んだかたもいらっしゃるのではないでしょうか。これだけの規模のアクアショップが、注目されないはずがありません。
レジ付近には、たくさんの鯉がプールでバッシャバシャ。かつて釣り堀だった時代の片鱗がこんなところにも。釣り堀時代からコンクリートできれいに仕上げられ、鯉にも人にもやさしいフィッシュスポットとして人気があったそうです。
生体エリアはダーク照明による演出効果で、用品エリアとは対照的なイメージ。じっくりお気に入りの生体を探すのにも落ち着く感じです。
聞いたところによると、開業前には多くの店舗を見学して研究。広さだけでなく、臭いも湿気もなく冬は暖かくて夏は涼しいという、お客さんが気持ちよく来店できる店舗を目指したそうです。
何といっても在庫の多さがハンパではありません。鯉や高級金魚もさることながら、タナゴや川魚の種類の多さも目につきます。
おそらくこれほどのタナゴを揃えているところは、関東でも珍しいのでは。このあたりは、どうやら現オーナーの趣味が高じた結果でもあるみたいですが(笑)
◆魚類を扱う動物病院?
スタッフを紹介します。左端がスタッフの細矢茂倫さん。高校生の時から勤め始めて、かれこれ10年以上の古株。アクアがとことん好きで、よく手が動くスタッフとして貴重な存在です。仕入れる生体に関してもこだわりがあり、特に古代魚は自身が直接足を運んで買いつけてくるのだそう。どんな古代魚がお気に入りなのか、ぜひあとで見せてもらいましょう。
続いて奥様の栗原豊子さん。今もバリバリの現役で水槽メンテを手がけるほか、養魚場のセリに足を運んで高級金魚を仕入れてくることも珍しくありません。もしかして、札束を胸に抱えてセリに?「いえいえ、今は小切手ですから(笑)」(豊子さん)。
そしてこの人が現オーナーの栗原文雄さん。そう、初代オーナーが築いてきたアイスクリーム卸をやめちゃった張本人です(笑)。しかしながら問屋という立場にいたからこそ、メーカーとの交渉や在庫管理など、アクアの世界でもスゴ腕を発揮しているのです。70歳を過ぎているとはとても思えない若々しさは、現在も水槽のメンテを率先してやっているからかも知れません。
最後に息子さんの栗原博文さん。アメリカ留学の経験があり英語はペラペラ。帰国後はスタッフとしてお店に合流、主に仕入れや用品を担当しています。いずれ三代目を継ぐことになります。アメリカ留学の甲斐あってか、合理的かつ原価意識も高くこれからの時代にはなくてはならない人材であることは間違いありません。
ちなみに、かつて倉庫だった向かいの建物は、今や動物病院に様変わり。どおりで建物の外装が似ていると思いました(笑)。現在、しんせつ動物病院の院長は博文さんの弟さんが院長として活躍中。ほかにはない最新の検査機器・設備を備え、周辺地域のペットユーザーからの信頼も厚いそうです。よく見ると、「魚類」の文字も。白点病や水カビ病、マツカサ病、ヘルペスなど、生体の治療もOK。栗原ファミリーだからできる連携プレーはさすがです。これならアクアユーザーにとっても心強いですね。
◆豊富な品揃えのための努力
なぜか柔道一家(笑)。みなさん有段者で、店舗そのものが行きつけの道場の窓口になっています。「昔、アロワナを買っていった反社らしき人からクレームを言われた時もありましたが、柔道をやっていた自負がありビビらなかったですよ(笑)」と文雄さん。あまり無理しないようにしてくださいね。
高級金魚用を対象にしたオリジナルフードも多数。品評会などに出展する機会の多いシビアな金魚ユーザーからは特に人気があります。こうしたメーカーとのタイアップも珍しくなく、高級金魚を知り尽くしたオーナーとメーカーとの良好な関係が、いい商品を生み出しているのでしょう。
「カバーレスヒーターは、商品コンセプト通りアドバンテージがありますね。安全性を追求した冬に欠かせない商品として、イチオシのアイテムです」と博文さん。自身がいいと思う商品だからこそ、ユーザーの立場になった手作りのPOPにも説得力があります。
「買い換えたくても丈夫なので、壊れないとよくお客さんが仰ってます(笑)」とKOTOBUKIの水槽評。特に曲げガラス水槽の強度に対する評価は高く、水槽メーカーの老舗としての信頼もおけるとのことでした。
大型水槽の在庫もたっぷり。90~120㎝が売れ筋なのだそう。かつてアイスクリームを扱っていたころの教訓から、在庫調整と仕入れとのバランスに気を使っています。「一般的に小売店は多くの在庫を店舗で抱えるのは難しいんですが、幸いうちには倉庫があります。アイスクリーム時代の名残ではあるんですが、今ではうちにとって貴重な存在として在庫管理に役立ってくれています」(博文さん)
文雄さん作のレイアウト水槽。こぢんまりながら、さまざまな種類の水草を盛り込んだバランスも絶妙。「うちは苔や植物を一切扱わないんです。やっぱりアクアショップなんだから、魚を店頭に置かなくちゃ(笑)」。当たり前のことを当たり前にしているだけという文雄さん、いやいやそれがなかなかできないからみなさん苦労しているんです。
◆やっぱりタナゴでしょ!
とっておきの生体をいくつか教えてもらいました。まずは高級金魚から。琉金の中でも超一流だといわれているサラサ琉金。地元の超有名ブリーダーさんが繁殖したとっておきの生体です。決して安くはありませんが、それでも「このクオリティーだと、この値段では買えないと思うくらいいい個体ですよ」(文雄さん)。普段からのネットワークの構築が、小売店としての強みを支えています。
スタッフの細矢さんが直接買いつけてきた古代魚・ポリプテルスのワイルド。古代魚の中でも人気のある品種です。写真ではわかりづらいと思いますが、見たところ40~50㎝はあるでしょうか。こんなに大きいポリプテルスは初めて見ました。
このほかにも、インドネシア・ボルネオ島内最長のカプアス川に生息するダトニオプラスワンも。川魚ほど多くはない古代魚ですが、古代魚ファンならとっておきの情報が聞ける可能性は大です。
川魚コーナーからとっておき。何といっても主役はイワナ(黒い模様が大きいほう)とヤマメ。こうやってアクアショップで川魚を見ると、なぜかとっても新鮮です。淡水魚ではありますが、25度前後に水温を保たないといけないのでクーラーは必須アイテム。ある意味、海水魚なみの飼育管理が必要のようです。
さらにもう1種。春になると色がきれいに出てくるマタナゴ。そう婚姻色。強いオスほど色も強く発色するそうで、冬の時期はまだ少し地味な感じがします。ネオンテトラのように1年中キラキラしているわけではないメリハリのあるところが、タナゴの魅力なのかも知れません。
普段から水温を20度前後に保つ必要があるタイリクバラタナゴ。原産はその名の通りアジア大陸の東部や台湾などの外来淡水魚ですが、ほぼ日本全国に分布しています。一番大きいのだと10㎝近くになるものも。
特にオススメの新種タナゴ「火山」。ここまでくると、ちょっとマニアックなのかも知れません。中国産の自家ブリード。多種とは繁殖能力がないタナゴで、こんな珍しいタナゴにお目にかかれるのも同店ならではでしょう。
生体エリアの一番目立つ場所には、トンキントゲタナゴのホワイトとイエローが。まるで日本国内の渓流を連想させます。タナゴに関しては絶対に負けないという、お店の自信が凝縮されたテーマ水槽でもあります。
◆これからも大胆かつ繊細に
これからどのような展開を図っていかれるのでしょうか。「とりあえずホームセンターにあるものは、当店では扱わないようにしています。まずは差別化が一番です。そして、できるだけ仕入れ量を増やして今まで以上に品揃えを豊富にしたいと思っています。しんせつに行けばきっとある、といわれるような店であればうれしいです」(博文さん)
アイスクリーム卸、釣り堀、生体の販売、博文さんの帰国などなど、これまで栗原家には数多くのターニングポイントがありました。結果的にみれば、それらはすべてチャンスでした。
そんな数々のターニングポイントで、上昇気流に乗るタイミングを決して逸しなかったことが成功要因だった気がします。チャンスがきたら迷わず勝負に打って出る、みたいな思い切りのよさ。かつシビアな仕入れと在庫管理が合わさって、大胆でありながら繊細な経営戦略が功を奏してきたのでしょう。
将来、どんなかたちで三代目にバトンタッチするのか、すごく楽しみです。戦後アイスクリームが流行ったからといって、今さらタピオカなんかに手を出したらダメですよ~(笑)
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