市街地のど真ん中なのに湧き水が絶えない水のまち・静岡県三島市。かつての富士山噴火による溶岩のすき間などから湧出する水は、富士山エリアと箱根エリアから豊富な水脈を経て長い年月をかけてつくられてきた自然の恵み。しかも溶岩という高度なフィルターの恩恵を受けて、自然や人に寄り沿ってきました。シリーズ始まって以来の関東遠征。今回遭遇できた水のある風景。富士山がもたらしてきたダイナミックな歴史のロマンを、ブラタモリ気分で体感してみました。
☆ ☆ ☆
◆溶岩と湧水の素敵な関係
JR三島駅から南へ歩いて5分もしないところにあるのが、三島市立公園楽寿園。園内には、明治時代に建てられた小松宮彰仁親王の別邸・楽寿館を始め、子ども向け施設やミニ動物園があったりするなどして、市民の憩いの場となっています。
新緑がまぶしいこの季節、さっきまでいた駅周辺の喧騒が嘘のようです。
いきなりこんな立札があって驚きました。のんびりとした園内の雰囲気とは明らかにミスマッチ。1万年前の富士山噴火によって流れ出した溶岩の先端は、40㎞も離れたこんなところまでやってきたのです。
長年の歳月を経て、溶岩から生えた植物も多々。こんなダイナミックな光景を普段見ることはあまりありません。
あっちも溶岩、こっちも溶岩。園内を歩いていると、溶岩があるのがもはや当たり前。同時に、こんなところまで溶岩が流れてきたのかと、自然の驚異を感じずにはいられません。
皇室ゆかりの楽寿館の眼下に、奇妙なシーンに出くわしました。まるで鍾乳洞のカルスト大地のよう。スケール感たっぷりのダイナミックなシーンに、しばし目を奪われました。
実はここは面積約5,000㎡の小浜池。さっき見たカルスト大地は、池の底だったのです。しかもすべてが溶岩。池の底が溶岩で形成されているとは驚きでした。
考えてみれば、かつての大噴火によって流れ出した溶岩はこのあたりにまで到達しているわけですから、池の底に大量の溶岩があっても不思議ではないわけです。
水深計を見るまでもなく、現在水はありません。この季節では珍しいことではなく、富士山の雪解け水が湧水として湧き始めるシーズンや秋の長雨や台風シーズンになると、一気に水かさが増すのだとか。池の水量は富士山に降る雨や雪によって大きく左右されます。特に去年の夏は、59年ぶりに水位が大幅に回復。9年ぶりに満水になりました。
満水状態の池が見られなかったのは残念でしたが、逆に溶岩で形成された池底と遭遇できたのは、貴重な体験だったかも知れません。まるで渇水したダム湖に水没した村が見えるように。
圧巻としか言いようのない池底の溶岩群。その不思議な光景は、観光客の目にはどう映っているのでしょうか。水がないことで風情がないと困惑しているのか、珍百景に遭遇してテンションが上がったのか。いずれにせよ、駅からこんなに近いところに1万年以上も前の歴史ロマンに触れることができるスポットがあったとは、想像もつきませんでした。
◆現地の人と出会って川歩き
楽寿園の南側の出口から少し歩いたところにこぢんまりとした川がありました。水のある風景としての思惑が外れたあとだっただけに、興味津々で近づいてみることに。
川の名前は源兵衛川。川幅はさほどありませんが、水がとってもきれいで、緑も豊富です。元はといえば戦国時代に開削されたかんがい用水路でしたが、長年かけて行われた整備事業により遊歩道のある清流として、水のまち・三島市にふさわしい観光スポットになりました。
一人の女性と出会いました。健康維持と癒しを目的に、楽寿園からこの川を散歩コースにしていて、ウォーク歴は10年以上。通称「となりまちのあやこさん」。早速、源兵衛川を案内してもらうことにしました。
楽寿園とほぼ同じ地下水脈から湧出し、自然のあるがままの清流を形成している源兵衛川。遊歩道は石組みでつくられ、そこをひとつずつクリアしながら歩く独特の散歩道。見える景色はせせらぎオンリー。しかも川面との高さもごくわずか。河川敷のように川の横を歩くのではなく、まさに川の中を歩いている感じです。
水温は年間を通じて、安定の15℃前後。ミネラル分も豊富で、別途飲料としても利用され「三島の名水」として平成の名水百選にも指定されています。普段の水深はわずか20~30㎝程度。それでいながら流れが途絶えることもありません。水の汚れもまったくありません。溶岩という自然のフィルターを通して得た湧き水の恩恵を、改めて思い知ることができました。
あやこさんは週2回のペースで年間100日以上も通い続けている超リピーター。「楽寿園もそうですが、四季折々の自然に触れていると癒されるんです」。わかるような気がします。一度こんな自然に触れたら、誰もがやみつきになるでしょう。
よく見ると、石らしきものがポコポコと。あれも溶岩、これも溶岩。水の美しさは、溶岩とちゃんと比例しています。
源兵衛川は、人だけでなくワンちゃんの格好の散歩コースでもあります。水深が浅いので、万一川に落ちてもケガをすることはなさそうです。
と思っていたら、楽しそうに水遊びをするワンちゃんがいました。もう楽しくて楽しくて仕方ない様子。「車に乗るだけでもうここへこられるものだと思って、いつも大喜びしています(笑)」とご主人。バシャバシャと水遊びをするワンちゃん、なかなか川から出てくる気配はありませんでした。
水深が浅いことから、夏休みなどには保育園などの遠足コースにも。決して人や動物を拒まない源兵衛川。富士山は、水だけでなく懐の深いやさしさも持ち合わせています。
◆源兵衛川がきれいな証拠
川の中を颯爽と歩くあやこさん。さすがリピーターだけあって、チャッチャッと歩調も軽やかです。どうやらグルコサミンのお世話になることもなさそうです。
長くてもせいぜい数百m程度だろうと思っていた源兵衛川ですが、全長何と1.5㎞も。しかも、遊歩道がエリアごとに工夫されていて飽きることはありません。
こんなところでも、決してひるむことはなく。
カフェからのギャラリーに屈することもなく。
すれ違うのがやっとという個所もありますが、それはそれでスリリング。ありのままに。自然のままに。
この日は、ほかにもたくさんの人と出会いました。自作のラジコンで戦艦大和を操縦する八百屋さんだったり。
美術系の大学を目指す実習中の高校生だったり。
カワセミ激写に挑戦するカメラマンだったり。
おとなりの蓮沼川で店の前を掃除するミシン屋さんだったり。
思わず目が合ってしまった病院の賢そうな柴犬だったり。
群れをなすコイもあちこちいました。しかも、どのグループも色鮮やかな1匹のコイがセンターを仕切っていたのが不思議でした。
なぜかまったく人を怖がらないカモたちもいました。
こうして、生きものが安心して生息できるのも、源兵衛川が清流である証拠といえるでしょう。きっと居心地がいいからなのでしょう。
源兵衛川の最終ポイントは中郷温水池。ここで貯えられた水はこの先さらに農業用水として利用されています。
雲のない晴れた日にはこの場所から富士山が眺められるという、のどかな風景が広がっていました。長らくの源兵衛川の散策お疲れ様でした、といわんばかりに。
◆日本で最も短い一級河川?
三島市内には、あと2カ所に主要湧出ポイントがあります。楽寿園にほど近い白滝公園もその一つ。大きなケヤキの木があり、ゴツゴツとした溶岩がむき出しになっているところが何カ所もあります。楽寿園同様、市民の憩いの場に溶岩が多く現存しているのは、ある意味ミスマッチな光景といえるでしょう。
水の多い時にはあちこちから水が湧出しているのだそう。あやこさん曰く、この公園でもカワセミがいたことがあるそうな。水がきれいなところでないとやってこないカワセミ。そういえばカワセミは、三島市のシンボル(市の鳥)でもありました。
ここから湧出した水は桜川に注ぎ、源兵衛川とはまた違った水のある風景を醸し出しています。
そしてここが3つめの湧水ポイント・菰池。ごくごく普通の公園の風景が広がっていますが、桜川の水源でありかつてはあふれるほど湧き水があったそうです。
また、菰池からはやや遠いですが、おとなりの清水市にも湧水スポットがあります。柿田川公園内を流れる柿田川は全長わずか1.2㎞でありながら、1日平均100万トンを湧出。日本で最も短い一級河川として知られ、長良川や四万十川とともに日本三大清流に数えられています。
自然の中につくられた遊歩道が整備され、また展望台から湧水の様子を眺められる珍しさもあって、県下でも有数の人気スポットとなっています。
写真ではわかりづらいと思いますが、川底の間からこんこんと水が涌き出ています。
ここにも湧水ポイントが。上からみると、涌き出る場所がサファイヤブルーに光り輝いて幻想的です。まるで琥珀色の地球。これはもう水のある絶景というしかありません。
市街地の中心部を流れる源兵衛川と、郊外で自然のまま流れを絶やさない柿田川。それぞれに趣は異なりますが、どちらの清流も富士山の恵みの名水であることには違いありません。
改めて感じる富士山の偉大さ。溶岩がもたらした自然の摂理。そして湧水という副産物。「いつでも自然が実感できるところに住めて幸せです」と語ってくれた、となりまちのあやこさん。最後までおつきあいくださり、ありがとうございました。
とはいえ、湧水も決して永遠のものではありません。自然の恩恵にあやかれるからこそ、いつまでも大事にしていこうという姿勢を、この先も忘れてはなりません。