近畿屈指のリゾート地・和歌山県白浜町。美しいシーサイドラインを中心に、マリンレジャーや泉質豊富のいい温泉、そして絶対的エースのパンダにもあやかり、その人気は今や不変です。そんな人気を不動のものにしたきっかけは、実はパンダではなくアクアだったことをご存じでしょうか。1930年6月に開設された京都大学白浜水族館は、日本では3番目に歴史のある水族館。そして、白浜観光の礎を築いた歴史的なサステナブル施設だったのです。
☆ ☆ ☆
◆アクアだって観光客を歓迎したい!
JR紀勢本線・白浜駅は、まさにパンダ一色。ホームはもちろん改札やきっぷ売り場、ポスター、ベンチ、そして特急車両までもがパンダ模様に彩られるなど、いかにパンダが白浜観光に貢献しているかがわかります。
そんな中、改札付近に90㎝水槽がふたつ。7年前、当時の白浜駅長とのコラボが実現。以来、白浜駅内で京都大学白浜水族館が紹介されています。
水槽には、名物・伊勢エビはもちろんオヤビッチャやギンユゴイなども。
残念なのは、水槽に関心を寄せる人たちがあまりいない点。まさにパンダ人気、おそるべし。
京都大学白浜水族館は、大学の臨海実験所の付属施設として90年以上前に誕生。しかも、全国でも稀少な大学付属の水族館として、常設展示はもちろん各種イベントの運営や館内のメンテなどもすべて大学スタッフが行っています。
パンダだけでなく、アクアの生きものたちもこの駅で観光客を歓迎しているのです。
◆海の生きものたちの宝庫
白浜駅からバスで約15分。白浜のシンボルともいうべき円月島が、圧倒的な存在感を示しています。島の真ん中には月のような海蝕洞がぽっかり開き、白浜観光に欠かせないフォトスポットでもあります。
このあたりは岩礁が多く、多くの生きものが棲んでいます。白浜は、岩礁海岸だけでなく外洋・内湾、砂浜、藻場、軽石帯、干潟など地形が複雑に入り交じっていて、生きものたちにとっては格好の住処でもあるようです。
また、黒潮の影響を受けて南の海にいる魚たちが北上しここに集まることも、多くの種類の生きものがいる理由でもあります。
そんな岩礁の一部を、干潮時に間近に見られる場所も。まるで惑星のような浸食されたユニークな形状の岩があちこちに。
そして、潮だまりでは小さな貝やアメフラシなどが観察できます。
そんな環境に建つのが、京都大学白浜水族館。海水を直接取り入れ、飼育水として生きものたちに最適な環境をつくっています。複雑な地形、そして黒潮。大学の付属施設としてここに建てられたのは、必然だったのでしょう。
◆白浜観光のきっかけに
バス停「臨海」から歩いてすぐ。大きな看板が来館者を出迎えてくれます。
開設当初は、京都帝国大学理学部附属瀬戸臨海研究所水槽室としてのスタートでした。そして1930年(昭和5年)に昭和天皇のご来訪を機に、一般公開がスタート。水族館としての歴史を刻み始めた瞬間でもありました。
水族館として開設後、93年。昭和天皇の複数ご来訪はもちろん、直系の皇族も多数ご来訪。それがきっかけで、道路や鉄道、周辺の建物などが一気に整備されました。
この結果、白浜の名は全国的に知られるようになりました。ホテルの建設も急ピッチで進み、白浜は一大リゾート地に。観光地としての白浜の人気を不動のものにしたのは、大学の付属施設がきっかけだったのです。
案内してくれたのは、技術職員の原田桂太さん。岡山県倉敷市出身で、現在は自転車で10分のところに家族とともに暮らしています。例によって子どものころからエンゼルフィッシュやネオンテトラなどを飼育してきたアクア好きの準公務員。京都大学時代は理工学部を専攻しつつ、大学院を経てこちらへ配属されました。主なお仕事は?「生きものの採集はもちろん、水槽メンテや機械設備の管理、電気・配管工事、ホームページやポスター制作、ラジオ主演などの広報活動もやってます!」。
撮影OKの水族館は少なくありませんが、フラッシュ撮影も可能というのは珍しい気がします。
最初に目に飛び込んできたのは、第1水槽室。まさに太平洋そのもので圧巻です。計50ある館内の水槽のうち、最も大きい240トン級。ロウニンアジやギンガメアジ、そしてサメ類といった回遊魚が、出迎えてくれました。
特にロウニンアジは、釣り人たちにとって人気の魚。アジのなかまでは世界最大といわれ、この子も1メートル超えだそう。
◆研究の中心は無脊椎動物
マアジがゆうゆうと泳ぐダイナミックな回遊水槽。見ているだけでもテンションが上がります。ちなみに、展示されている生きものはすべて白浜周辺にいるものばかりというのにも親近感がわきます。
第2水槽室では、無脊椎動物を展示。その数何と250種。最も特徴的なラインナップを誇っています。「生きものの進化を検証する時、無脊椎動物の研究なしでは語れないので、これからも研究には終わりがありません」。
サンゴ、イソメ、タコ、エビ、カニ、ナマコ、ウニなどのほか、ウミウシも展示。ここヘくる前に岩礁の潮だまりで見つけた同じアメフラシも展示されています。
スレンダーでナイスバディなヒトデ。にしても、ちょっと態度がデカい(笑)。
こちらのヒトデはぽっちゃり系。原田さん曰く、「どうやら食事を終えて満腹になったらしく、水槽の下でふんぞり返っています(笑)」。
顔をちょこっと出しているので、てっきり魚かと思いきや実はホヤのベビーでした。
おなじみのタカアシガニ。海の幸が豊富な白浜、カニやエビを見るとついつい食への意識も高まってしまいます。今夜の夕食の献立をあれこれ妄想するのは、ここではやめておきましょう(笑)。
毎年10月から翌年5月にかけて獲れる伊勢エビですが、そもそも館内にいる生きものたちはどうやって採集しているのでしょうか。「漁に携わる漁協の漁師さんたちがたくさん提供してくださっています。このため、月に1度のぺースでいただいてきます」。こんな協力が得られるのも、漁師さんとの信頼関係があってこそ。
しなやかな藻に見えますが、美しいサンゴたち。ソフトコーラルと総称されるサンゴの仲間です。
水族館としては珍しいフナムシの飼育も。1993年以来、新たなフナムシを補充することなく継代飼育を続けられているほど、強い繁殖能力を持っています。磯などでは女性に不人気のフナムシですが、どうか子育て上手な一面にも注目してあげてくださいね(笑)。
ところでこの魚、第2水槽室のほとんどの水槽にいます。「カゴカキダイと呼ばれる魚で、自然繁殖が激しいイソギンチャクを駆除してくれるお掃除屋さんです」。納得。淡水魚水槽に発生するコケなどをセッセと駆除してくれるプレコやオトシンのような存在です。
◆大学の付属施設ならではの水槽も
マリンギャラリーと呼ばれる第3水槽室では、決まった季節にしかいない旬の生きものや、漁師さんさえ驚く黒潮に乗ってやってきた魚たちなど、珍しい生きものたちが数多く展示されています。
白浜近海と伊豆大島でしか見つかっていないオオカワリギンチャク。ダイビングスポットとしても有名な白浜ですが、運がよければ水深40m付近で群生している様子を見ることができるそうです。鮮やかなイエローカラーは、きっと海の中でも映えるだろうなとついつい妄想してしまいました(笑)。
まるでよろいをつけたようなセミエビ。「地元ではクツエビともいわれ、伊勢エビよりちょっと甘い味がします」。おお、食用でしたか。
そういえば、ここからほど近いところのレストランの看板にも「品種名」が書かれていました(笑)。
見るからに伊勢エビとは違う特異なキャラ。「地元では1匹あたりの値段が伊勢エビよりも高いんです」。えー、そうは見えません(笑)。
第4水槽室にある、潮の満ち引きを再現できるユニークな水槽。大学の付属施設だからこそできた水槽といえるでしょう。
「トビハゼのような干潟でしか生きられない生きものは、こういう環境でないと長生きできないんです。このため、夜に水量を増やして逆に昼では減らすよう自動的に調節にしています」。トビハゼが時々横になったりしているのは、体を濡らすための行動だったりするのですね。
このクエは、館で生まれ育ちました。そういえば、クエ鍋の看板を出している地元の料理店が数軒あったのを見かけました(笑)。海水魚とはいえ、あまりにも身近な魚にふれるとついつい水槽ではなく、いけすに思えてしまいます。
比較的深いところにいる魚たちが中心の第4水槽。今回ご紹介できたのはほんのわずかにすぎせんが、水族館に限らず生きものの展示は、見る側の視点によって大きく左右されるところがあります。
しかしながら、身近なところで魚にふれる。そんな世界があるからこそ、アクアの世界への興味も広がるものです。
入館料大人(高校生以上)600円、子ども(中学生以下)200円というのも、かなり良心的で驚きました。
さて後編では、バックヤードに潜入。予期せぬ自然災害にも負けなかった、苦悩の物語がありました。お楽しみに。
【後編へ続く】