アクアリウムから派生した新たなジャンル・苔テラリウム。スギゴケなどの苔類を巧みに使って、独自の世界観を創出。水草水槽でもなく、かといって観葉植物でもなく。アクアリウムOBでもある岡山市在住のこけまろさん(仮名)は、ひょんなきっかけで苔と出会いました。あまりにもドラマチックなエピソードを交えながら、数々の作品をご紹介します。
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◆和室を引き立てる苔
ご自宅に入るや否や、何の前触れもなく苔テラリウムのある素敵な情景に遭遇。思わず口をついて出た言葉は、ナニコレー?!(笑)。まるで宙に浮いたような独特の構造は、建築雑誌から飛び出してきたようなモダンすぎる和室。いわば、天空の和室。こんなところに苔テラリウムとは、いきなりやられてしまいました。「いやいや、取材用にいいかなと思って、昨日置いたばかりなんです(笑)」。それってエモすぎでしょ(笑)。
まっすぐ上に伸びるマングローブ。育成に使われているのは、バーミキュライト・くん炭・ピートモス。「本当は田んぼの土がいいのはわかっているんですが、虫が出るのが嫌だったんです」と話してくれた奥様、園芸用の土を使って一件落着。それにしても存在感ありますね。
苔にはヒノキゴケ・コツボゴケとアラハシラガゴケを。
さらに、奥にはもうひとつ。こちらもヒノキゴケとコツボゴケとアラハシラガゴケを使用しています。まさに日本の美。わびさびを感じずにはいられません。
よく見ると1/150スケールの牛のフィギュアが数匹。このS字状に配置されているものは?「割れてしまった植木鉢のリサイクルです」。ああ、植木鉢のかけらでしたか。横に伸びるコツボゴケがうまく植木鉢のかけらと接触したことで、苔がいい感じで自然に這い上がってくれました。こけまろさん曰く、テーマはSDG’sなのだそう。これまたアカデミックな発想を(笑)。
天空の和室はまるで茶室のようなたたずまい。千利休も真っ青(笑)。苔テラリウムというと何となく洋のイメージがありましたが、和の世界でもすんなりマッチするとは意外でした。
◆インテリアに苔が似合う理由
カウンターバーのようなアイランドキッチンと、モダンなリビング。さっきの天空の和室といいモダンなリビングといい、あーこんな家に住みたかったなーと、出るのはため息ばかり(笑)。
キッチンから少し離れた場所に、苔テラリウムの作品群が。通称・こけまろコーナー(笑)。日当たりもよく、湿度も適度に保たれ苔の育成環境としてはよさそうです。
天空の和室とはまた違ったテイスト。まるでインテリア雑誌の一部から飛び出してきたようなシチュエーションです。関連雑誌は今日2冊目(笑)。和室にも合う苔テラリウムですが、やっぱり洋室がベストマッチかも。
こけまろコーナーは、何と息子さんの勉強スペースだった場所。息子さんが小さかったころ、奥様はきっと家事をしながら勉強に励むわが子の姿をあたたかく見守っていたに違いありません。今はさまざまな苔たちが育っていますが、ひとつだけ違うのは見守っているのが奥様ではなく、こけまろさんだという点です(笑)。
まだ記憶に新しい東京五輪2020オリンピック。それにちなんで、サーフィン競技をジオラマ風に再現しました。リアルに表現された海や波の部分は、エポキシ樹脂を使って表現しています。樹脂は樹脂でも、2液混合で硬化するエポキシ樹脂なら苔などの植物にも影響がないそうです。
秋をテーマにした作品。容器からダイナミックに水が流れ出ています。これもエポキシ樹脂に見えますが、これにはある別の素材が使われています。何を使ったかは「企業秘密です(笑)」。といっても、苔に配慮した素材ではあることには違いありません。
こけまろさんが特にお気に入りの作品。ガラスの中のアフリカ。サバンナのあるダイナミックな風景を表現すべく、石化檜(盆栽用)を使っています。ダイナミックなサバンナというだけあって、ガラス容器もひときわビッグサイズ。象が草原をゆうゆうと散歩するシーンがお気に入りです。じゃあというわけで、キワメテカメラマンも地平線が広がる雄大なアフリカをイメージして写真に収めました。
こけまろさんはアクア出身ですが、やはり苔テラリウムをいくつもつくっていると、バリエーションのひとつとして水を入れたくなることもしばしば。使われている苔は、水中化させたコウヤノマンネングサ。突出した流木の上にも苔が植えられ、水中から給水できる仕掛けも施されています。中学生のころアクアリウムに熱中していたというこけまろさん。もしかして、またアクアをやりたくなったんじゃありません?「それはないです」ときっぱり言い切ったのはなんでだろ~、なんでだろ~(笑)?
◆となりの芝生はやっぱり青かった
そもそも、なぜ苔テラリウムなのでしょうか。それは10年前にさかのぼります。念願のマイホームをやっと建てたものの、大きな悩みがありました。それは、庭の芝生がなかなか育ちにくかったことでした。色々と原因を調べているうちに行き着いたのが、「犯人は苔だったんです」。えー、今こんなに仲よくしているのに当時は天敵だったとは(笑)。
取っても取っても、勝手に生えてくる苔。そのせいで芝生はなかなか育ちませんでした。苔の生命力が芝生を完全に上回っていたのです。これではイタチごっこになる。そう考えたこけまろさんは、「どうすれば苔が生えなくなるのか、勉強するしかないと思ったんです。とにかく芝生を守ることに必死でした(笑)」。
まさに芝生と苔との、せめぎ合い。時ならぬ芝苔合戦(笑)。要するに、芝生に元気がなくなると、苔が生えてきて一気に芝生が枯れてしまう。逆に、芝生が元気を取り戻して密度が高くなってくると苔が育つ余地がなくなる。両者のメカニズムは至ってシンプルなものでした。結果的に苔の生態をとことん知ることになり、そして気がつけば、あれほど嫌っていた苔のとりこに。「ミイラとりがミイラになったんです(笑)」。
苔の長所も短所も学習できました。しかもほぼほぼ独学。もし10年前、苔の影響を受けず芝生が順調に育っていたら、今のこけまろさんはなかったかも知れないと思うと、人生はドラマチックだなあとしみじみ(笑)。あの時、苔たちはきっと芝生の隙間からこけまろさんにメッセージしたかったのでしょう。「しばまろ」さんにはならなくてよかったよかった(笑)。
屋久島をイメージした作品。ダイナミックな仕上がりに、こけまろさんの気合のほどがうかがえます。伸びすぎた苔はトリミング。またミニチュアセントポーリアも随所に。特に、苔だらけで土まで根を伸ばせなかったガジュマルが気根を出している姿が、屋久島の力強さを表しているようです。気のせいでしょうか、どことなくセクシーに見えなくもありません(笑)。
トリミングした苔は、そのままハラッと落ちて石の上に。そしてしばらくすると新芽が出て、新しい環境に順応して成長していきます。その生命力たるや、さすが苔。こんな苔特有のメカニズムも、芝生の一件があってこそ。「今になって思えば、あの経験は大きく生きています」。出会いはある日突然に。しかしこけまろさんには、ほかにも劇的な出会いがありました。
(続く)