大阪府堺市の一角で町工場を経営する下平順司さん(通称・しもやん)。独立開業後30年近くになりますが、工場経営の傍らメダカ飼育にどハマリ中。2000匹とも3000匹ともいわれている、しもやんファクトリーで作出されたメダカたち。本業とは一線を画した趣味の世界とはいえ、メダカたちにとっては居心地のいい環境がそこにありました。
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◆こうばめだかはバイクとともに
マニアが見たら涙が出そうな懐かしのハコスカやトヨタS8など、クラシックカーのイベント会場のような車が並ぶ周辺環境。そんな一角に、しもやんファクトリーがありました。と思ったら、おとなりの工場ではGTRが出てきてテンション上がりまくり。独特のエグゾーストノートを響かせて、もう目がテン状態。今日は取材日であることを忘れてしまいそうになるほど、放心状態だったことを白状しておきます(笑)。
落ち着きを取り戻して、工場内へ。主にマフラーを始めとするバイク部品の製造が行われています。バイク好きにはたまらない、ちょっと油のにおいがするシチュエーション。最近は、バイクの部品も最近は需要が薄れてきたとのこと。簡単な改造すらできないほどメーカーの縛りも。機会いじりの得意なバイクマニアにとって自分なりにカスタマイズするのも、バイクの大きな楽しみのひとつでした。時代の変化を感じずにはいられませんね。
きれいに苗が育った田んぼが、窓のすぐ向こうに。まさに風光明媚。こうばめだかの名にふさわしく。
洗面所の近くにはKOTOBUKIの60㎝プレグレ。現在、メダカ水槽や金魚水槽の定番・マツモを育成中。ここなら適度に陽あたりがいいので、メダカの隠れ家づくりの環境としても適しています。
◆しもやんは愛息とともに
玄関先のメダカ水槽群をウォッチング。自作のシェルフにさまざまな種類のメダカが飼育されています。思っていたより結構明るい環境。
わりと厚みのある飼育ケースだなと思っていたら、市販の断熱材を内部に組み込んでいるのだそう。さすがに手先の器用さは、工場マンのポテンシャル。
下平さん(以下しもやん)のメダカ歴は10年以上。飼育はこの場所からスタートしました。いわば、しもやんの原点。スペースもあり、場所も明るい。「いやぁ、そうでもないんですよ。こう見えても意外と日照時間が短くて。昼すぎに陽があたり始めたと思ったら、2時間程度でまた日陰になってしまいますから」。
なるほど、この建屋の構造だとわかるような気が。日照時間が短い、山深い峠を思い出してしまいました。
ホテイアオイが育成中ですが、前列と後列とでは微妙な差が。はやり陽のあたり方で育ちに差が出るそうです。
簾を使って遮光性を保持。断熱材との二重対策です。
妖精が宿るといわれているガジュマルなんかも少し。妖精きました?「いや特には(笑)」。メダカ飼育との関係性は?「それもないですね。ただ植物が好きで置いているんですが、今年の夏は熱すぎたせいか、沖縄生まれのガジュマルもなんか変でした」。沖縄の木でもダメージを受けた今夏の猛暑。残暑お見舞い申し上げます。
こんな看板なんかも少し。「通りからは奥まった場所なので、なかなか目立ちません。まあ、売れたら売れるに越したことはないんですけど(笑)」。工場近くのホームセンターで何気にメダカすくいをやったことが、メダカ飼育のきっかけでした。そんな自分自身の思い出を、今度は一般ユーザーに。どんなことでも、きっかけって大事ですから。
小学2年生の一人息子の珠祿(みろく)君とはいつも一緒の仲よし親子。工場でもメダカイベントでも。屈託のない彼の笑顔を知らない人は、メダカイベントにまだまだ行き足らない人たちかもしれませんよ(笑)。
◆ほどよい日照時間
こちらのエリアは、完全屋外。工場のすぐ東側。さきほど窓から見えていた田んぼが一面に広がり、遮るものは何もありません。
意外と風があります。取材に訪れたのは一日でも最も気温の高い時間帯でしたが、それでも北から南へ吹く風が心地よくて、エアコンの冷気が流れてきたのかと思ったほど。
一直線にずらりと並んだ飼育ケースは全部で17個。ホームセンターで市販されているコンテナボックスを流用しています。今年に入ってから置き始めた一番歴史の新しい飼育場所で、まるでメダカ飼育のためにあるような絶好のスペース。逆にほかのものは置けないビミョーなスペース(笑)。
コンテナボックスのふたをカットして網でガード。さらにプランターの床などで使われているパーツ2個で二重ガード。これならメダカ泥棒も為す術なし。もちろん防犯カメラも随所に設置され無人時の対策は万全ですが、「どちらかというとアライグマ対策なんです(笑)」。ラスカル君、これもメダカのためだから諦めてね(笑)。
雨対策も万全。ケース側面には手頃な穴が4つ。降雨でオーバーフローした時も、ここから自動排出。同じような仕組みのパーツが市販されていますが、機能的にはこれで十分。まさに、しもやん式オーバーフロー水槽。
そういえば、アクアユーザーって市販品をうまく流用する人が多い気がします。この産卵用のスポンジもそう。元はといえば100均ショップなどで市販されている、プールスティック。これを産卵床の浮輪部分に流用。本来なら子どもがプールで使うアイテムを、メダカのためにアレンジメント。これを最初に思いついた人って天才?「100円ショップなどでこれをたくさん買い込んでいる人がいたら、おそらくメダカユーザーだと思います(笑)」。
アマガエルが1匹エントリー。メダカといっても自分よりバディが大きいから、上から指をくわえて見ているだけだそう。「水の中に落ちることもありますが、自分でいそいそと這い出してきます」。メダカ、アライグマ、アマガエル。なんか風情があります(笑)。
簾はどちらかというと、ケース側面からの高温対策。上部を覆うものではありません。もともと風通しがいいこともあり、水温が上がったとしても28度くらいまでだそうです。
特筆すべきは工場の場所的条件。飼育ケースが工場の東側に並んでいることで、一日の始まりとともにやわらかな陽が均等にあたり、約半日は陽あたり抜群。そして建屋の構造上、正午をすぎると一転日陰に。「まる一日陽があたるわけではなく、かといってずっと日陰でもなく。まだ正確なことはわかりませんが、そうした条件が個体にとっていいように思うんです。現に、今年に入ってからここで育った個体は、とても元気がいいんです」。環境が生み出した絶妙なさじ加減。腹八分目。これぞ、こうばめだかの神髄。
飼育水は、浄水器経由でお湯をつくりカルキ抜きOK。これまで色々なノウハウを身につけてきましたが、しもやん曰く、「メダカにとって一番いいのは、お金があって広い土地があることですけどね(笑)」。
◆肉食魚もいる「事務所」
ひと通り飼育環境を見せてもらって事務所に通されたところ、エーッ!?「水温が30度を超えないように、ここだけは主にエアコンでコントロールしています」。いやいや、そうじゃなくて(笑)。てっきり事務所だったと思ったのに、完全にメダカに占領されているじゃないですか!「いや、メダカ以外の個体も少しいますよ」。いや、だーかーらー(笑)。
少し前までは応接セットがあったそうですが、「足の踏み場がなくなってきて」。いや、そりゃそうでしょ(笑)。ついにメダカたちに事務所まで明け渡してしまいました。いやはや、しもやんのメダカ愛は譲り合いの精神そのものでした。
お気に入りの品種は、ブラックダイヤリアルロングフィン。理由は?「うーん、模様がハッキリしていてカッコいいところかな。でもBDRLFに限らず、との種類も好きですけどね」。
試作中のシロヘビリアルロングフィン。上見だと、ちょっとふっくらしていて可愛い泳ぎをしていました。このほかベーシックな定番メダカはもちろん、サバの極みやプラチナダイヤリアルロングフィン、鳳のダルマなんかも。
よく見ると、水槽の底部分に小さな貝殻のようなものが無数に転がっています。「ラムズホーンは、ちょっと気を緩めると大量に発生するので何か対策がないものかと頭を悩ませていたところだったんです」。ということは、これは駆除係の個体の仕業?
駆除係はこの子、トーマシー。「たぶんそんな名前だったかと(笑)」。どことなくプレコにも似ていて体長は4㎝ほど。ラムズの中身だけを食べて、殻だけポイするのだそう。メダカユーザーにとってラムズの大量発生は悩みのタネ。数年前にメダカユーザーから譲ってもらった個体で、「毎日しっかり仕事をしてくれています」。ただ、残った殻はいずれ回収しないといけないんですけどね(笑)。
珠祿君が指をさしているのは、エサとなるミジンコ。もちろん自家培養。最近はミジンコの生息エリアが減ったせいか、アクアショップなどで販売されているのは冷凍ミジンコが多いので、生きたミジンコを間近で見たのは初めてかも知れません。
見上げれば、ミドリムシ。人工エサではないナチュラルなフードを適宜与えていることも、元気な個体作出につながっているのでしょう。
おお、これは200㎝水槽でゆうゆうと泳ぐのは、ガー。3才のわりにはやや小ぶりですが、「盆栽飼育しているからだと思います」。エサを少なめにして、より自然に近い環境で飼育したかったからだとか。メダカと出会う前、熱帯魚はもちろん肉食魚が好きだったというしもやん。アロワナやスポッテットガーなどの大型魚の飼育経験も。事務所に入る直前、メダカ以外もいるというのは、これだったんですね。
ご存じのように、ガーは新たに飼育することも所有することも法律で禁止されていますが、ちゃんと許可をもらっているのでご安心のほどを。
180㎝水槽にいるのは、エンドリケリー。推定年齢25才。ということは?「そうなんです、工場ができたころからの相棒なんです」。経営者としての辛苦やメダカ飼育のノウハウを25年も見つめてきたケリー君。飼育の主体がメダカに移っても、きっと君だけは最後まで一緒だからね。
◆メダカイベントへも積極的に
春になって早めに卵を取りたい時や、ワンペアで飼いたい時は事務所内で。元気な個体に仕上げたい時は外で。飼育場所は3カ所ありますが、今年に入ってからそれぞれの役割分担も明確になってきました。
情報収集はSNSが主。「ノウハウはもちろん、同じ仲間をつくるのには一番の近道ですから」。しかも情報網は全国規模。ハッシュタグなどを活用すれば、「みなさん親切に教えてくださるので助かっています」。
最近は、メダカ関連のイベントに出店することも多くなりました。いわゆるメダカの即売会。「売りたい気持ちはあっても、実際にはそう簡単にいきません。なので、同じスタンスでメダカ飼育を楽しんでいる仲間と会って、さらなる交流を深めることのほうが今は楽しい感じです」。
いいと思ったことは、比較的早く取り入れる積極果敢なしもやん。穏やかな性格が功を奏し、周囲からも一目置かれる存在となりつつあります。
「もう50を超えちゃいましたからね(笑)」。目を細めて笑う目は、メガタ少年でありバイク少年そのものでもありました。