人呼んで、必殺自然観察人。地元・淀川の下流をホームグラウンドに、近畿南部の干潟を中心に生きもの観察。記録にこだわることなく、コレクターでもなく。ただただ、自然の生きものを観察し続けて30年。土日は家にじっとしてはいられない性分で、あっちふらふら&こっちふらふら(笑)。ある意味うらやましくなるようなライフスタイルこそ、山下さんらしさそのものなのです。
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◆汽水域がフィールドワークの中心
快晴の淀川。といっても上流ではなく、淡水と海水が入り交じった汽水域。午後1時に最寄り駅で待ち合わせしたにもかかわらず、すでにひと仕事してきたような出で立ちと、どこかスッキリしたような顔。はは~ん、さては取材の前に自分なりに自然観察を楽しんできましたね(笑)。この人、本当に自然が好きなのだなと実感させられた瞬間でもありました。
幸い自宅が淀川に近いこともあり、ここがフィールドワークのホームグラウンド。しかも汽水域にほぼ限定。「潮間帯(潮の干満によって見えたり見えなくなってしまう場所)の生きものが好きなんです」と淡々。何言ってるのかわかりません(笑)。というか、淀川にそんなたくさん自然の生きものがいましたっけ?
大阪府北部を東西に流れる淀川。今山下さんといる淀川大橋よりさらに上流にある淀川大堰付近からこちらが汽水域。この日は、取材というよりもネイチャーガイドをお願いしました。「こんな私でよければ」。はい、いいんです(笑)
早速河川敷を歩いてみることに。いや、河川敷よりさらに下でした。舗装されていない遊歩道を淡々と。遊歩道に沿って緑がたくさん生い茂り、その向こう側には淀川が。大阪市内とは思えない不思議な空間。山でも海でもない、河川特有の風景が広がっていました。プチ感動(笑)
こんな野鳥もいました。くちばしが灰色で先が黒いつがい(頭が剥げているのがオス)や、額からくちばしにかけて白いヒドリガモが渡ってきています。理由は定かではありませんが、「ヒドリガモは年を追うごと増えてきています」。
◆知らなかった!淀川の自然
汽水域の特徴が早くも露見。小さなカニ、みーつけた。あ、どっか行ってしまった(笑)。このあたりにはモクズガニの仲間のハマガニが結構いたりします。淡水と海水が混じり合う、まさしく汽水域のヨシ原などに生息するカニで、河川改修などの影響を受けやすいといわれています。自然は守りたいけど、人々も災害から守らなければなりません。自然との共存って本当に難しいですね。
ただの葉っぱではありません。これ、あの吉野葛でも有名なクズなんです。屑ではなく葛(笑)!何となく生育エリアが限られているようなイメージがありますが、実は日本各地に分布しているのだそう。知らなかった。淀川にクズが自生しているなんて、ビックリでした。
ハッカチョウの群れもいます。ハッカチョウは江戸時代に輸入された外来種。全身が黒くて翼にある大きな白い斑点と、頭部前方に突き出た飾り羽があるのが特徴。
水際まで降りられる場所があったので、足元に気をつけながらそろりそろりと。「このあたりではヌートリアをよく見かけますよ」。え、あのネズミ科の?ヌートリアは、元はといえば1939年にフランスから毛皮用として輸入された動物。一時期は西日本を中心に飼育されていましたが、需要の低下とともに放されてしまい野生化してしまったそうです。可愛いんですけどね。ぜひ見たかった。
20年ほど前から増えてきているイシマキガイ。アクアショップではコケ取りの貝として売られています。本来、淡水域や汽水域で生まれるものの幼生期の多くを海で生活するため、飼育下での繁殖は難しいそうです。
山下さんは大阪市東淀川区生まれ。20代で結婚し、ついこの間まで仕事の関係で滋賀県長浜市に約20年間単身赴任していました。定年退職を迎えたあとも、大阪市内に勤務中。長浜といえば琵琶湖が近いし、自然観察には最適だったのでは?と思いきや、興味があるのはやっぱり汽水域。これだけは譲れない山下さんのこだわりのようです。
◆水位のことまで熟知
干し上がった地に、小さな石のようなものがいっぱい。でも石ではありません。手にとって見ると、貝であることがわかります。カワザンショウガイという貝。こんなに小さくても立派な巻き貝なんです。サッとルーペを取り出し教えてくれた山下さん、自然観察にはこうした七つ道具も必須アイテムです。
山下さんによると、この日の潮位は64㎝。何でそんなことがわかるんでしょ(笑)。「今は潮汐アプリがありますから」。へー、そんなアプリがあったこと自体が意外でした。自然観察に適しているのは、昼間に潮が引きやすい春から夏にかけての間なのだとか。なるほど、自然観察を楽しむには潮位の知識も必要なんですね。みなさんも潮汐アプリをぜひお手元に(笑)
足元を見ると丸い穴がそこかしこに。これぞクロベンケイガニの巣穴。てっきりモグラかザリガニの巣かと思いました(笑)。世の中には、言われてみないとまったく気付かない生きものがたくさんいます。
クロベンケイガニは目があまりよくないらしく、その代わりにハサミの先にセンサーがあるのだそう。触覚で水の中のエサの匂いなどを嗅ぎ分け、さらに足にある毛で食べものかどうか判断するのだそうです。
同じ汽水域にいるカニでも、コメツキガニの生態はちょっとユニーク。オスがお目当てのメスを見つけると、強引に自分の巣穴に引き込んでしまう性質があるのだか。へー、面白い!カニの世界でも、多目的なんちゃらって流行ってるんでしょうかね(笑)
三角州のようになっているところでは、雨上がりには水たまりとなりハイイロゲンゴロウが観察できます。透き通った灰色に少し模様の入ったゲンゴロウだそうです。コンクリートに堆積したわずかな土に潜ってサナギになるため、畦がコンクリート化されても繁殖が可能。「夏の雨上がりにはカニがいっぱいいるんです」と山下さん、カニの話になると俄然うれしそうなんですが(笑)。「はい、あらゆる生きものの中で一番好きなのがカニなんです」。ああ、これからカニのシーズンですよね(笑)
「木の上にツグミがいますよ」。ああ、これってツグミっていう名前なのですね。ツグミはシベリアで繁殖して渡ってきます。こんな生い茂った木にも普段から注目していれば、色々な鳥類との遭遇もあるんです。
◆マムシはいないがシジミがいた
このあたりは護岸されているので川には近づけません。「前にチョウゲンボウがバッタを食べているところを見たことがあります」。ハヤブサ科に属し、最近は市街地などでもよく見かけるようになったチョウゲンボウ。そういえば、以前敦賀に出かけた時にコンビニでフライドポテトを買い駐車場でボーッと食べていたら、上空から急降下してきた謎の野鳥にバサッとやられたのもチョウゲンボウの仕業だったのかも。見てるんですよね~、いい目をして上から。
おっと、このあたりにはマムシが発生!「いや、違うと思います」。山下さん曰く、マムシではなくおそらくアカマダラではないかと。マムシによく似ていますが毒はありません。看板にケチつける気持ちはありませんが、抑止効果にはなります。
あちこちにある黒い団子状のものは一体?「シジミ団子です」。え?シジミシューカンなら聞いたことがありますが(笑)。「実は淀川でもたくさんシジミが採れるんです。おそらくシジミ漁の関係者がシジミのエサを団子状にして蒔いているのだと思います」。ということはシジミの仕掛け?聞くところによると、場所は明かせませんがシジミがたくさん採れるスポットはほかにもあるのだそうです。淀川でシジミが採れるなんてまたまたビックリでした。
向こう側に回ってみると砂浜みたいになっています。この一角だけは、川とは思えない景色が広がっていました。ベンチがあるのもフシギ(笑)
ちょっと味見を。少し塩気がしました。汽水域の証拠です。
こんなところに着目するのも楽しい自然観察。山下さんによると、コザキの足跡ではないかと。ただ、くねくね曲がった歩き方をするのが特徴のシロチドリの足跡かもしれません。まるで探偵(笑)。あれこれと考察しながら歩くのも、自然観察の楽しみのひとつです。
◆自然観察オススメベスト3
今回の淀川のフィールドワークはほんの一例で、去年もさまざまなところへ自然観察に出かけた山下さん。長崎海岸(大阪府泉南郡)や成ケ島(兵庫県洲本市)、近木川(大阪府貝塚市)、和歌浦(和歌山県和歌浦町)、樽井海岸(大阪府泉南市)、鳥取の荘海岸(大阪府阪南市)、藤江海岸(兵庫県明石市)などなど。一人で出かけたり、大阪市やNPO法人が主催する観察会に参加したり。いずれも自然観察に適している干潟が中心で、もちろんコロナ対策も万全。その中でも、特に印象深かったベスト3をリモート紹介してもらいました(写真はすべて山下さん提供)。
【西広海岸(和歌山県有田郡)】
ここは近畿地方で数少ない前浜干潟。沖縄のような浅瀬のビーチが印象的です。
おびただしい数のコメツキガニが観察できるとあって、大阪市立自然史博物館の月例ハイキングで初めて訪れました。いるいるコメツキガニが。コイツらですねー、女性の敵は(笑)。そのうち文春砲が飛んできて、木っ端みじんになることでしょう(笑)
海藻に付着するオヨギイソギンチャクたち。
魚もついでに(笑)。肉食のカサゴがいました。
胸びれで海底を這うツバメコノシロ。
【和歌浦の干潟(和歌山県和歌浦町)】
和歌浦は古今和歌集にも詠われた風光明媚なところです。大阪からでもさほど遠くはないのに、海の自然がいっぱい。和歌山といえば、浪に乗ることしか頭になかった若いころを反省(笑)
ちょっとした観光スポットでもある観海閣周辺には、何と何と環境省で絶滅危惧種Ⅱ類に指定されているイボウミニナがごくフツーに見られるそうです。これは貴重なところです。本来ならここへ同行してあれこれ話を聞く予定でしたが、あいにくほかの取材とデブルブッキングして行けずに終わってしまいました。観光地のようで観光地ではない穴場的スポットのようなので、機会を見つけてぜひ一度訪ねてみたいと思います。
これがウワサのイボウミニナ。絶滅危惧種Ⅱ類がこんなに身近でみられるとは。地元の人々はどう思ってるんでしょう。これぞ灯台もと暗しというものかも知れません。
ここにもカニさんが。オサガニは、近畿エリアではすっかり見れなくなったレアものだそうです。カニ好きの山下さん、どこへ行ってもカニのほうから寄ってきてくれるみたいです(笑)
【成ケ島(兵庫県洲本市)】
あの日本三景のひとつ・天の橋立にあやかって、「淡路の橋立」と称される成ケ島は、大阪湾海岸生物研究会の観察会で初訪問。ここはかつて淡路島と地続きだったところ。確かに天の橋立によく似ています。最近ではマリンスポーツも盛んらしいのですが、自然環境保全の側面からいうと「あんまりモーターボートやヨットなどでこないで欲しいんですけどね~」。
貴重な島の塩生湿地。成ケ島は、2つの川がそれぞれ切り開かれて湾が遮られて今の地形になりました。このため、独自の生態系が今も維持できている貴重な湿地なのです。現在も多くの新種が発見・登録されています。
切り立つように礫浜で見つかるダイダイイソカイメン。こんなの今まで見たことない(笑)
島で唯一の小川に生息するウミニナ。
おそらく人間が捨てたであろうペットボトルに付着したフジツボのなかま・エボシガイ。
兵庫県で唯一成ヶ島だけで生息が確認されているミナミアシハラガニ。カニ好きの山下さんが目を向けないはずがありません(笑)。まだまだ紹介したい自然がたくさんあるのですが、山下さんがこの地にホレて2回も足を運んだ理由が少しわかったような気がします。ぜひ機会があればご一緒しましょう!いや、カニと一緒のほうがいいのかもね(笑)
◆まだまだ続く自然探しの旅
自然も自然観察会も、こんなに多くあるとは思ってもみませんでした。「いやいや、週末をただ好きなように楽しんでるだけですよ(笑)」。あくまで自然体で自然観察を楽しむ山下さん。さほどお金も時間もかからず、知識だけは増えていくという好循環。しかも煩わしい人とのかがらみや派閥とも皆無で、趣味としては理想的でうらやましい限りです。
自然観察会での苦労は?「潮位に合わせて活動するので、時々ご飯を食べるのがとても遅くなることがあるくらいかな(笑)」。なんじゃそれ(笑)。干潟で潮が引いているのに、食事して観察の時間が少なくなることは避けたいとのこと。メシより自然観察(笑)。そうですよね、干潮は待ってくれませんから。
長浜に単身赴任中はアカメやウツボを150㎝水槽で飼育していたり、エリマキトカゲ、エボシカメレオン、ジャクソンカメレオン、フトアゴヒゲトカゲといったレプ系も多々飼育。フトアゴヒゲトカゲは2度ほど繁殖に成功したり、ジャクソンカメレオンの出産に成功したりしたこともあるそうで。たまに単身赴任の様子を見にきていた奥様からは、「ヘビだけは絶対飼わないようにクギをさされてました(笑)」。
今回の仕込みなしの淀川フィールドワーク。チョウゲンボウやハクセキレイなど身近にいるのに名前がわからない鳥の名前がわかったり、川辺にいるカニなどを教えてもらうことができました。さらには、淀川にクズが自生していたり、シジミが採れたりするという事実も驚きでした。
反面、川の水がきれいになることはいいことだと思っていたことが、逆にきれいになることでそこにくらす生きものの生態系に影響を及ぼしてしまうという現実にも驚かされました。
遠くに出かける自然観察もいいですが、身近な場所、しかもこんな大都会の中に自然を発見し触れてみることにこそ価値があるような気がしました。
もし淀川や和歌山の干潟で、ひとり自然観察に没頭している人がいたら山下さんに間違いないでしょう(笑)