北陸の玄関口・福井県敦賀市。
近代では、ヨーロッパとアジアを結ぶ国際連絡列車の日本側の入口として、外国製の地球儀にその名前が記載されていた敦賀港があり、現在でも鉄道や高速道路、そして日本海側の国内外の交通の要衝となっています。
古くから海外にも向けて開かれていた扉。
そして、その扉を支えた地元の人たちに愛され大切に守られてきた湧き水は、長命の水として現在も地域の人たちの生活水として大切に管理されています。
敦賀の人々に守られ続ける水の物語を求めて、北へ向かいました。
◆1300年前に出現した長命水
特急では約1時間。直通の新快速でも1時間半。北陸といえど、関西からだと敦賀は遠いようで意外と近いことがわかります。JR敦賀駅ホームに降り立つと遠くに雪を被った山々が見え、旅情はたっぷりです。
駅から歩いて約15分。気比神宮は、春日大社(奈良県)・厳島神社(広島県)と並んで、日本三大木造大鳥居として有名です。30年に一度塗り替えられるそうで、今回は去年12月31日に終わったばかり。そんな真新しい大鳥居と早速遭遇でき、新年早々ラッキーでした。
高さは11m。見上げると重厚感があります。塗り立ての漆独特の朱の色が渋く印象的で、新年の参拝者を迎えていました。
こちらは通常の手水舎。参拝者の誰もが手を洗ったり、口をゆすいだり。
もう一つ、手水舎がありました。石標をみると「長命水」と書かれています。これが、飲めば長生きができるといわれている気比の長命水でした。西暦702年、気比神宮の造営中に突然湧き出したのだとか。以来、枯れることなく湧き続けています。
御祭神が無病息災や延命長寿の神であることから、この名前がつけられたとか。その昔、最澄や空海もここを訪れており、きっとこの水で喉を潤したのだろうと思うと、感慨もひとしおです。
長命水を汲みにきた地元の人たち。たくさん汲むと申し訳ないので、ここではいつも500mmのペットボトルに1本ずつ汲んで帰るのだそう。「敦賀の湧き水はどこの水も美味しいですよ。ずっと飲んでいるけど、お腹を壊したことなんて一度もありません(笑)」
仲良く長命水を飲むカップル。美味しい?の質問に「はい!めっちゃパワーを感じます!」。近年では、パワースポットとして多くの参拝者が訪れるとのこと。確かにこのあとも、長命水を求めてやってくる人の波が途切れることはありませんでした。
思っていたほど冷たくはなく、至ってまろやかな口あたりでした。
長寿のシンボルといえばやっぱり亀でしょう(笑)
竹囲いが組まれているせいか、むやみやたらに汲んで帰る人はさほど多くありません。
手水舎と長命水と、厳密な違いはありません。作法も然り。ただ、手水舎と長命水とでは、どちらのほうが歴史が古いのかとなると、ハッキリしたことはわかりません。そのせいかどうかわかりませんが、神宮内の表示も微妙です。
◆絵馬に書いた「キレイなオネエチャン」の真意
さらに奥に進むと松尾芭蕉の像と句碑がありました。「おくのほそ道」の執筆中に気比神宮に立ち寄った芭蕉は、素敵な月のある風景を眺めながら一句詠んだそうです。
芭蕉の句碑のさらに奥に絵馬堂があり、額縁庭園のような景色が広がっています。芭蕉もこの景色を見たことでしょう。
気比神宮の二方に御手洗川が流れています。まるで外界から境内の長命水を守る結界のようにもみえてきます。
おみくじを引いてみました。おみくじは神様から頂いた大切なもの。身につけて持ち歩くのが本来のかたちだそうです。特にいい運勢のおみくじは持っていたくなるもの。ということで今回は持ち帰ることに。その結果は、ご想像にお任せします(笑)
おみくじですっかり気をよくしたので、ついでに絵馬も。総じてオスがきれいだといわれるアクアの世界。今年こそはきれいなメスに出会いたいとの思いを、メッセージに込めました。決して不謹慎な下心はありませんので念のため(笑)。
◆今も生活に密着した「泉のおしょうず」
敦賀市内には、気になる水のスポットがもう1カ所あるので目的地の永厳寺へ。「そんなん、あったかなー」と首をかしげるタクシーのドライバーのリアクションに、不安にならざるを得ませんでした。
タクシー会社に無線で問い合わせてもらっても、「幼少の時に記憶があるけど、もしかしたらもう枯れてるかも」。地元ではあまり知られていないのか、はたまたタクシーが知らないだけのことなのか。境内に聞く人もおらず、今きた道を戻るしかないと絶望感満載でした。延命地蔵はちゃんとあるのに(笑)
もしかしたら、おみくじで運を使い果たしてしまったのかなと諦めかけていたら“この下に泉地蔵尊と霊水あり”と擦れた文字の看板が(笑)。
とりあえず急な石段を下りてみることにしました。左右に曲がる狭い道をしばらく下りて行くと、瓦屋根が少し見えてきました。
おお~、水をたたえたプールのようなスペースが見えました。一見、足湯にもみえる水のスペース。ここに間違いありません。
延命地蔵があり、さらに一段下がったところにあったのが、“泉(しみず)のおしょうず”でした。
聞くところによると、戦国時代に農民たちに発見され、以来600年以上枯れることなく湧き続けているそうです。タクシーの運転手さ~ん、ちゃんとありましたよー(笑)
枯葉などが入らないように、木のふたがされていて汲みとるための手桶やジョウゴも置かれています。お正月空けだったせいか人はいませんでしたが、地元の人たちの生活を支える水場として大切に守られていることがよくわかります。
まったりとした、クセのない水。何度飲んでも美味しく感じました。今日2度目の長命水。これで、生命が2倍になるかも知れません(笑)
付近に住んでいる人の中には、「おしょうず」の水しか飲まない人もいるそうです。
こちらは洗濯などの生活水として利用されていたのでしょう、人が一段下りられる場所があります。
この水の末路を少したどってみました。なるほど、地元の人は逆にこちらから行くことが判明。国道8号線の下に専用トンネルがあったとは。
比較的平坦な場所から涌き出た水の量は気比神宮より多く、側溝をたっぷりと満たしています。
敦賀には、ほかにも延命の水と知られているスポットがほかにもあるそうです。そのせいでしょうか、水を販売している地元の業者もあるほどです。
それにしても、このスポットがみつかってよかったです。今思えば、もしタクシーに乗らず歩いていたら最初からみつかっていたかも知れませんが(笑)。歴史や趣が異なる気比神宮とここ。いずれにせよ、人々とのくらしと、今も深い関わりがあることがよくわかりました。
◆隆盛をきわめた貨物鉄道と倉庫群
今きた道を戻らず、そのままさらに行くと鉄道の線路が。と思いきや廃線跡でした。
廃線とはいえ、レールも枕木も敷かれたままです。
廃線なので、軌道に入っても某女性タレントのようにとがめられることはありません(笑)
かつては、JR敦賀駅と敦賀港駅を繋ぐ旧敦賀港線として栄えてきました。貨物線としての任務を終え、現在は廃線跡として現存しています。
敦賀港がまだ港として機能していたころには、もっとたくさんのコンテナを積んだ貨物列車が頻繁に行き交っていたのでしょう。線路脇に放置されたコンテナが少し寂しげでした。
今きた道を海側に歩いていくと、敦賀赤レンガ倉庫が見えてきました。数年前まで昆布貯蔵庫として使用されていた倉庫が、3年前に観光施設として生まれ変わりました。現在はレストランやカフェ、ジオラマ館などがあり、敦賀市内の観光スポットのひとつとなっています。
敦賀赤レンガ倉庫の煉瓦塀。風化したレンガの色、隙間に生え始めた植物などが、流れていく時間を物語っています。賑わっていた在りし日の敦賀港の倉庫街を行き交う人たちの息遣いが感じられるような風景もきちんと残されています。
◆戦争難民を救った人々と敦賀港
かつての敦賀港は、その一部が金ヶ崎緑地公園として整備され、市民のオアシスとしての顔にもなっています。
その一角にある建物が、旧敦賀港駅舎。かつてヨーロッパとアジアを繋ぐ「欧亜国際連絡列車」の日本側の発着場として重要な位置を占めていた駅舎が再現されていました。館内では、敦賀の鉄道の歴史を模型や資料で紹介すされていました。
駅舎の少し手前にある桜と樫の木。看板を読んでみると、第二次世界大戦時にリトアニアと日本の架け橋となった当時のリトアニア領事代理杉原千畝さんの奥様(杉原幸子さん)がこの地を訪れた記念に植えられたものです。
杉原千畝。この名前をみただけでピンときた人も少なくないでしょう。ここ敦賀は、第二次世界大戦でナチス・ドイツの迫害 によりポーランドなど欧州各国から逃げてきた多くのユダヤ人が、当時のリトアニア領事代理・杉原氏によって助けられたゆかりの地でもあったのです。
公園内の小さな建物・敦賀ムゼウム。1940年から約1年間、杉原氏によって助けられたユダヤ人難民約6,000人がシベリア鉄道経由でウラジオストクから船によって敦賀港に上陸。そうした戦争によって暗い影を落とした歴史的資料が、数多く残されています。
資料によると、当時の敦賀の人々はユダヤ人難民に体して温かく接したそうです。持っていた腕時計を時計店で現金化したり、銭湯を無料で提供したり、全員に行き渡るように果物を配ったりするなどして、港から敦賀駅までの商店街では数々の人道的貢献があったことまでは知りませんでした。
目の前に広がる敦賀港。戦争の背景でそんな事実が過去にあったとは思えないほど、おだやかな水をたたえています。
地域に親しまれてきた2カ所の湧き水スポットと、歴史的な役割を果たした一筋の海の道と。両者に接点はありませんが、ともに命にかかわる水であったことには違いありません。
春まだ遠き北陸路。心洗われる水の風景に出会えた、2018年の新年でした。
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