若いころから慣れ親しんできた沖縄が好きすぎて、自宅に美ら海をつくってしまった河村達也さん。海水魚を愛するアクアリストとしてだけでなく、さらにもう一つの夢がありました。その夢とは、河村さん自らがパフォーマンスする「うみばこファーム」と称した子ども向け移動水族館でした。これまで計7回開催。いやはや、そのガチなる行動力には脱帽するしかありません。
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◆水槽小屋は「うみばこファーム」のバックヤード
前回ご紹介した水槽小屋。たくさんの海水魚が河村さんの手によってしっかり飼育管理され、まさに亀岡唯一の美ら海を醸し出しています。
沖縄に魅了された結果の水槽小屋ではあるのですが、その背景には別の目的もありました。それは、子ども向けの移動水族館というイベントの構想。普段なかなか目にすることのない海水魚を、間近で見たり直接触れたりなど体感できるまちの小さな水族館。河村さんがどうしても夢をかたちにしたかった、その名も「うみばこファーム」だったのです。
うみばことは、前回ご紹介した水槽小屋で圧倒的存在感のあった、あのマンジュウヒトデのこと。子どもたちに最も人気のあるタッチプールの名パフォーマーといえばヒトデですが、それを象徴するのがあのマンジュウヒトデである、との思いでネーミングに刷り込まれました。合わせて、水槽を「海の箱」とたとえた意味合いも込められています。
そんな大それたことをやってのけたとは思えないキャラの河村さん。本業が別にあるので、あくまで趣味の延長にすぎません。それにしても、うみばこファームに賭ける熱量が多すぎません(笑)?うみばこファームのエピソードや提供してもらった過去の写真などを交えて、前回の取材で聞けなかったことをじっくり聞かせてもらいました。
◆生きものにふれたことのない子どもたち
――うみばこファームのきっかけとなったのはやっぱり沖縄での経験が大きいと?
「そうですね。子どものころの飼育経験がスキューバダイビングなどのマリンスポーツへ進化し、さらに海の環境や生態系にも興味を持つようになってきたことが下地にあったことは確かです」
――そんな中、火がついた直接の要因はなんだったのでしょう。
「数年前の夏、当時幼稚園児だった娘(琉花ちゃん)と海で魚を獲っていたら、周りの見知らぬ子どもたちが寄ってきて、 “この魚何というの?”“さわれるの?”“生きてるの?”などなど。どの子も思いのほか生きものに興味津々だったんです。なるほど、こんなに子どもが生きものに興味を持つのだったら、自分が今持っている経験や知識を生かして多くの子どもたちに伝えていくことがたくさんありそうだなと思ったんです」
――実際に生きものを知らない子どもたちが多いです。
「スマホやタブレットがあれば何でもすぐに調べられますが、生きものの繊細な感触や動き、匂い、音などはネットではわかりません。だからこそ、リアルで体験することの大切さを伝えないといけない気がしたんです」
――幸いおうちには生きものがいっぱいいますし(笑)
「そうなんです。実は水槽小屋を建てるまでは、うちも家の中に生きものがいっぱいいて手狭になってきたところでした。水槽小屋があれば、一括管理ができて移動水族館のバックヤードの役目も担えます。水槽小屋は移動水族館になくてはならない存在だったんです」
◆子どもたちの安全第一
――企画はあっても実行するために行動力が必要だったと思うのですが。
「手始めに、娘の通う幼稚園に対して声をかけさせてもらったんです。偶然にも生きものが好きな先生や親御さんが後押ししてくださいました」。
――琉花ちゃんがいい橋渡しになりましね。
「そうなんです。この子がいなければ、たぶんイメージができなかったと思います。開催中は親御さんにお手伝いしてもらったり、この子が卒園した今でも何かとお世話になってます」
――子ども向けのイベントだけに気をつけなければならなかったことが多かったのでは?
「事前に色々な水族館に出向きました。飼育スタッフにも直接聞きました。特にタッチプールで可能な生きものの種類や安全性など調べました。とにかく子どもにケガをさせてはいけませんから」
――子どもたちが喜ぶイベントだからこその配慮ですね。
「生きものだけでなく、会場ではすべて人工海水を使いました。雑菌や有害物質があってはいけませんから。運営的には天然海水を使ったほうが楽なのですが、やはり安全第一を最優先しました」
――そこまでやって実現した移動水族館ですから、色々と話題にもなったのでは?
「当初は、わけのわからんことする人やなあと思う人が多かったと思います(笑)。その道のプロでもない一人の人間が、一体何をやってるんだろう?と不思議がられたりもしました。しかし経験を積めばわかってもらえると思っていました」
――やりたい気持ちはあっても色々なリスクがあるから大変だと思います。
「苦労したことはほかにもありましたが、第一回目が無事終わって、子どもも大人もみなさんが喜んでくれたことが何よりうれしかったです。やってよかった、と確信も持てました。初めて生きものにふれた子どもたちの純粋な眼差しや驚きの声を、忘れることができません。イベント終了後にお礼を言いにきてくれる子どもが多く、さらに“あの時とても興味がわいたので後日水族館に行ってきました”という声などを聞くと、自分の目指すものに一歩も二歩も近づいた手応えを感じました」
◆すべての個体に敬意を
――生きものに対する子どもたちの関心がさらに高まるといいですね。
「そうなるに越したことはないのですが、決して無理に生きものを好きになれとはいいたくないんです。苦手でも嫌いでも気持ち悪いでも、何でもいいです。こんな生きものが海にいるんだなあと、興味深く感じてもらえるだけでも十分です。好きにならなくても、興味は引き出せるものですから」
――それにしても一人でやるには大変でしょう。
「朝から梱包して積み込み、現場で水合わせをして準備完了。会場では参加者である子どもたちの対応。終了後も同じことを一人でやりますので、かなりの重労働です。特に大型のサメは運搬などが大変です。毎回筋肉痛を伴いますが、それも心地いい余韻として楽しむようにしています(笑)」
――毎回工夫していることは?
「開催時期や参加者によって、内容は少しずつ変えています。また現場では思わぬことを質問されることもありますので、生きものに対する生態系の研究は怠りません。日々勉強です」
――出番の多い魚たちも大変です(笑)
「そうなんです。なので、個体が疲弊してしまわないよう一度会場に持っていったものはしばらく出さないようにしているんです。魚だって疲れますから。極力ローテーション制にするべく、同じ種類の個体を複数匹飼育するようにしています。移動水族館の一番の主役は魚たちなので、すべての個体に対して敬意をもって接することだけは忘れてはいけないと肝に命じています」
――これから目指すものがあったら教えてください。
「趣味が講じてここまでやってこられた結果ですが、これからは飼育が困難といわれるクラゲや深海生物など、会場でご覧いただける生きものの幅をもっと広げたいと思っています。極めつけは、より水族館的なレベルまで引き上げていきたいと思っています。たとえ来場者のみなさんが満足したとしてもそれに奢ることなく、次なるステップを目指していかないといけないと思っています。節目となる記念すべき10回目では、何か特別なことをやってみたいと思いますので、今後に期待してください!」
◆ある日の「うみばこファーム」グラフィティ
これまで行われたイベントの会場の様子をご紹介しましょう。移動水族館が開催されるのは主に市内の幼稚園が中心ですが、この時はとある児童施設で行われました。イベントで一番人気のタッチプールでは、南の海っぽい装飾展示でカラフルな演出を行いました。
特に人気だったタカアシガニ。この時はコロナの影響で遠足に行けない幼稚園からのオーダーで開催されました。こちらから園に出向いて定番のタッチプール。「誰もが大変な思いをした時だったからこそ、いつまでも心に残る出来事にしてあげたかったんです」。お寿司が食べたくなった、なんて子はいませんでしたよね(笑)。
どうしてもビビッてしまいがちのネコザメですが、口元に手を持っていかなければ噛まれることはまずないそうです。怖いもの見たさのせいもあるのでしょうか、サメはいつでもどこでも大人気。同じサメでも、ほかにドチザメ、イヌザメ、ホシザメ、カスザメなどを連れていくこともあります。亀岡にサメがいるらしいと話題になったのも、この時の開催が一要因でした。
普段なかなか見ることのないマンジュウヒトデをタッチ。上からみると丸いかたちをしていますが、管足(かんそく)と呼ばれる黒っぽい細長い管はしっかりヒトデの形に配列されているのがわかります。じかに見てふれてこそのタッチプール。こうした子どもたちの貴重な体験が、将来のアクアリストを生み出す種になっていくのかも知れません。
水族館でもめったにお目にかからない珍しいメンダコの標本を展示。太平洋で網にかかり、☆になってしまったものを、無傷のきれいな状態で冷凍保存して現地から知り合いを通じて送ってもらいました。とてもやわらかい体にやさしくタッチ。このタコに出会うこともふれることも普通ではまずできないそうです。大変貴重な個体なので、現在は標本にして大切に保管しています。
ナヌカザメの卵を興味深く観察中。普段はニワトリかウズラの卵くらいしか見たことのない子どもたち。卵にも色々な種類があることを学べたことでしょう。
深海に棲むダンゴムシの一種・オオグソクムシをタッチする河村さんの長女.琉花ちゃん。写真ではちょっとわかりづらいかも知れませんが、サングラスをかけたような顔が子どもたちに人気だったそうです。琉花ちゃんにとっても、パパがこんなイベントの中心にいることをきっと誇らしく思っているに違いありません。将来の夢は、沖縄の美ら海水族館の飼育スタッフになること。この子ならきっと夢を果たすだろうなと強く思いました。その時はおじさんたちが取材に行くからね(笑)。
◆人気のうみばこコレクション
このほかにも、河村さん宅には貴重な「お宝」が保管されています。残念ながら☆になってしまった生きものが中心ですが、移動水族館でぜひ子どもたちに見せたいもの、あるいは見せたら反響があったものなど盛り沢山。そんなうみばこコレクションの一部を拝見。
スイジガイの貝殻。外観をよく見ると「水」という漢字に似ているので、「水字」→スイジカイとなったそうです。殻が硬くて6本の突起が特徴で、沖縄では各家庭の玄関などに魔よけとしてぶら下げてあったり、アクセサリーとしても利用されています。
かつて飼育個体だったホシダカラ。生きている時は外套膜に覆われ、また違った印象があります。驚くのはこの光沢。磨いてもいないのにピッカピカ。いつも会場では注目の的となっています。
パイプウニのトゲ。パッと見てこれをウニの一部分だとわかる人は早々いません(笑)。比較的流れの速いリーフエッジ(サンゴ礁などの礁の端で急に水深が深くなるところ)でよく見かけるそうです。乾いたトゲは、お互いふれあうと風鈴のように美しい音色を奏でるため、工芸品として利用されるケースもあります。
シラヒゲウニの殻でつくったウニランプ。殻の中にはランプが内蔵し、ちょっとしたアクセサリーのようなテイスト。イベントでは工作体験などで使うことが多く、ランプがともった時の幻想的な優しい光がとってもエキゾチックで人気があります。こうしてみると、海の生きものたちの中には、死んでからもきれいなかたちを残してくれて再利用できるものが多いのは、ちょっと感動してしまいます。
深海のサメ・ナヌカザメの卵。ちょっと異色。乾燥してしまうとプラスチックのように硬化してしまいまいますが、水の中ではしっかり中身を守るかたちになっています。
パイプウニの歯の標本。さっきのトゲからは想像できないしっかりした形状。この硬い歯で、岩の藻類をむしゃむしゃ食べるそうです。歯の標本ひとつで想像をかき立てられるのも、海の生きもののロマンといえるかも知れません。
かなりいかついケショウフグの歯。上顎と下顎に分かれていることがわかります。「以前水槽小屋で何年か飼育していた個体なのですが、この歯でパイプやホースやサンゴ岩、いろいろかじられた苦い経験があります(笑)」。でも憎めないのが海の生きもの。存在感たっぷりです。
少し大きめのスイジガイ。スイジガイの仲間(クモガイやマガキガイなど)は、生きている時はゾウの鼻のような口とピョンと飛び出た2つの目がかなりユニークなのだとか。「気持ち悪がる人もおられますが(笑)」。
浅い海の砂底に生息するトウカムリ(唐冠貝)。別名ヘルメットシェル。まるでヘルメットのような大きさが印象的です。数年前にやどかりの専門店でいただいて数年飼育。「生きていた時は、こんなにも大きい貝にびっくりした人がたくさんいました。かなりの偏食で、ウニしか食べませんでした」。よい子は好き嫌い言わずに何でも食べようね(笑)。
誰もが図鑑や標本などで一度は見たことのあるアメリカカブトガニ。生きた化石といわれ、ましてやこんな大きい個体を飼育することはなかなかありません。「すごいのは、恐竜がいた時代からかたちを変えず今も生きているということ。生きた化石たる所以です」。生きものってすごい。ちなみに瀬戸内海にもカブトガニが生息し、その生息地が国の天然記念物として指定されています。
◆ますます楽しみな「次のステージ」
今年2月に行われたイベントに、地元の新聞社も注目。「コロナ禍真っ只中でも、工夫して思い出づくりができたという感じで取材していただきました。反響も大きかったですよ」。キワメテ!水族館も頑張ります(笑)。
地元亀岡を流れる由良川のサケ放流事業にも参加している河村さん。「ここ5年ほど毎年参加しています。毎年1月には受精卵(発眼卵)が配布されます。それを3月まで育てて放流しますが、毎年約200匹放流しています」。海水魚だけでなく、こうした地元の川に生息する魚にも注目することで、また新たな生態系の研究材料になることは間違いありません。
休みの日には、仕事も移動水族館のことも忘れて親子でのんびり釣りモード。釣りで魚を採取することもあるとのことで、常に頭の中は移動水族館でいっぱいそう(笑)。
亀岡市内の川で生きもの探し。ほらやっぱりここでも(笑)。「水槽小屋では淡水魚の飼育も少しずつ増やしていますが、いずれは移動水族館で淡水・海水を比較するコーナーや、山~川~海といった自然の生態系を紹介してみたいと思っています。亀岡であれば天然記念物の「アユモドキ」という魚の保全運動が盛んですし、ごみ問題など環境保全にも積極的に取り組んでいる市です。川魚を飼育しているのは、そんなこともイメージしている理由のひとつなんです」。どこまでも魚愛、亀岡愛を貫く河村さん、きっと体が休まることはないでしょう。あ、記念すべき10回目は淡水魚も登場するかもね(笑)。
好きなことに対して、ガチで思い続けると自然と行動が変化し、気がつけば夢が現実になるものです。それは河村さんが実証済み。会場以外の場所で「あ、おさかなのせんせいや!」と子どもたちに声をかけられることもあるほど、地元ではしっかり定着してきました。
「今まさに、昔思い描いたアクアライフを満喫していると感じています」。いやそれはもう十分わかってます(笑)。やりたくてもなかなかできないことをやり遂げた河村さんですが、「移動水族館が実現したことに決して満足せず、いつも真摯に取り組んでいくことで人生にも厚みが増したことを実感しています」と謙虚さも忘れていません。
移動水族館の次はどんな夢が待っているのでしょうか。一体、何を企んでいるのでしょうか(笑)根堀り葉堀り聞くのは今日はここまで。次のステージへ、夢は限りなく広がります。それが河村さんのアイデンティティー。きっとまた別の機会に会えそうな、そんな予感ありありです(笑)。